群馬県碓氷峠で人気の駅弁「釜めし」には、温かい歴史が詰まっている!

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ゴトンゴトンと電車に揺られながら、窓に流れる風景を楽しむ。

新幹線や飛行機であっという間に目的地につけるようになった今でも、ゆっくりと電車に乗って旅をする時間の魅力は色あせない。

そんな時、旅の楽しみのひとつは「駅弁」。

その土地のおいしさがいっぱいに詰まった弁当は、旅の思い出に花を添えてくれる存在だ。

そんな駅弁の中でも、非常に人気のある駅弁がある。

群馬県安中市松井田町にある「荻野屋」が販売している駅弁「峠の釜めし」だ。

わざわざ遠方から買いにくる人もいるという「釜めし」の魅力はどこにあるのだろうか。

創始者の高見澤政吉・とも夫妻は明治中期にさしかかる頃、横川で旅館「荻野屋」を経営していた。

そこで信越線開通の情報を耳に、横川駅で駅弁屋を始めることを考えた。

はじめのメニューは「おにぎり2個+たくあん」。

それらを竹の皮に包んだ簡素なものだったそうだが、これがよく売れたのだという。

戦後、旅行客は増えていったが、この頃の駅弁はどこも似たような内容だったため飽きられつつあった。

荻野屋の弁当も例外ではなく、1日50個作って30個ほどしか売れないという、業績不振にみまわれていたのだという。

そこで、当時4代目社長であった高見澤みねじは「なにか特徴のある駅弁でなくては」という思いから、旅行客一人ひとりに「どんな弁当がいいか」聞いてまわったのだという。

結果、長旅でずっと冷たいお弁当を食べてきた旅行客の意見は共通して、「温かいご飯とおかずが食べたい」だった。

その意見を弁当に反映させるにはどうしたらいいか。

悩む高見澤氏の目にとまったのは、「益子焼」の土釜だったという。

陶器は保温性に優れているので、「温かいご飯とおかず」という条件をクリアできるのだ。

当時「折り詰め」が常識だった駅弁で、ひとり用の土釜に入った駅弁とはなんと斬新なアイデアだろうか。

そして、1958年2月1日、後に人気を博す「峠の釜めし」の販売を開始したという。

オレンジ色の鮮やかな包装紙に包まれた「峠の釜めし」。

持つと思ったよりずっしりと重い。

ひもを外して、その包装紙をめくると、早速土釜の登場。

取りあえず土釜のことは置いておき、まずは中身を見てみたい。

ふたを開けると、まずその彩りに目を奪われる。

うずらの卵、クリ、ごぼう、アンズ、シイタケ、タケノコ、鶏肉……。

そして鮮やかな緑色をしたグリーンピースと、ほのかに赤い紅ショウガ。

まさに、「目でおいしい」という鮮やかさだ。

また、アンズには整腸作用があるらしい。

旅で疲れた身体のことも考えて作られているのだろう。

ご飯にはほのかに色がついていて、食べるとフワッとだしの香りが口に広がる。

他の具材との相性もばっちりだ。

具材それぞれの味がご飯にうつっていて、最後の最後まで飽きることがない。

さらに、5種類もの漬物がついているのもうれしい。

大量生産でありながら、一つひとつ手作業で行われている「峠の釜めし」。

安全安心に配慮して作られているだけでなく、人の手のぬくもりが感じられる、やさしい味の弁当だ。

おいしさもさることながら、「峠の釜めし」の人気の秘密は、なんといっても「益子焼」の容器だろう。

見た目の美しさゆえ、食べた後も捨てる気になれず、つい持って帰ってしまう。

中には、「峠の釜めし」が好きでリピ買いしているため、空容器が家に何個もたまっている人もいるとか。

ちなみに、容器がもし不要なら、釜めしの全販売場所で引き取ってくれるそうだ。

引き取った容器は、栃木県の益子へ運び、粉にしてアスファルトに混ぜて再利用しているという。

また、この容器を使えばおいしいご飯が炊けるとのことなので、チャレンジしてみるのもおすすめ。

おぎのやのwebtsiteに、この空釜を使ったご飯の炊き方が詳しく掲載されているので、家に空釜がある人はチェックしてみてはいかが? また、空釜を利用して漬物を作ることができる「空釜専用漬物キット」も販売している。

家に持ち帰った空釜は、ふたをあけても空っぽだ。

しかし、ふたを開けるたびに、釜めしを食べる前に感じたワクワク感や旅の記憶が、フワッとあふれてくるようだ。

そんな風にいつまでも思い出をとどめておけるというところも、人気の秘密ではないだろうか。

旅先で「峠の釜めし」を食べた時には、ぜひその空釜に思い出を詰めこんで自宅まで持ち帰ってほしい。