「結婚しないと幸せになれない」は錯覚。(写真=PIXTA)

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人間として生まれた以上、誰でも「幸せ」になりたいと思うのが当然だろう。社会のあり方としても、「経済発展」だけが果たして目標なのか、その意味が問われる時代にきている。

ブータン政府が提唱している「国民総幸福量」(GNH)という概念が注目されているのも、経済成長だけが、私たち人間の働く意味ではないという気づきが広がってきたからであろう。

経済成長から幸福度へ。この変化は、当然ビジネスの現場にも影響を与える。モノが売れなくなったと嘆く人が多いが、大量生産、大量消費という時代の流れが変わっただけのことかもしれない。

日本は、戦後驚異的な経済成長を遂げたが、日本人の感じる幸福度はさほど変わっていないというデータがある。

「経済成長をしても、幸福度は変わらない」という事実を、それを最初に議論した研究者の名前をとって、「イースタリンのパラドックス」と言う。イースタリンのパラドックスは、幸福とは何かを考えるうえでの出発点である。経済規模が増大することが必ずしも幸福につながらないからこそ、「質」を精査する必要がある。

ビジネスを、「幸福のソリューション」を提供する活動だととらえれば、そこには無限の可能性が広がっていることになる。必要なのは変化する社会情勢の中で、人間の本質は何なのか、それを見切る眼力であろう。

幸福になりたい、というのは誰でも持つ願望。それを助けるのがビジネスの役割。しかし、ビジネスと幸福実現の関わりも、情報化社会の成熟の中で変化していく必要がありそうだ。

人間が幸福について考えるときに、そこには「フォーカシング・イリュージョン」と呼ばれる偏向があることが知られている。

例えば、学歴がないと、幸せになれないとか、結婚しないと幸せになれないとか、あるいは正規雇用に就けば幸せになるとか、そのような特定のポイントに、自分が幸福になれるかどうかの分岐点があると信じてしまう。これが、「フォーカシング・イリュージョン」である。

学歴にせよ、結婚にせよ、就職にせよ、特定のポイントが満たされなければ幸せになれないと信じ込んでしまうと、幸せに至る多様な道筋が見えなくなる。実際には、人が幸せと感じる理由もそれを支える人生の基盤も様々である。その豊かさに目を開く手助けをすることこそが、これからのビジネスの本道であろう。

幸せの方程式は、複雑な要因から出来ている。その多様な多項式の要素をどれくらい見極められるか。幸せを育む土壌は、1つの作物しか植えられていない「モノカルチャー」の農園よりも、様々な植物が生え、多彩な動物が行き交う「熱帯雨林」に似ている。ビジネスの「新ネタ」は、「幸せの熱帯雨林」の中にいくらでも転がっているといえるだろう。

幸せの図式の多様化は、「モノ」から「関係性」への人々の関心の変化にも表れている。人間にとって、他人とつながり、認め合うことは、関係性欲求を満たす大切な幸福の「要素」。その手助けをするビジネスが、もっとあっていい。

市場の既存観念にとらわれない新しいビジネスの芽は、案外、営利から離れてそれを始めているNPO法人の活動にある場合も多い。人間が幸せになるための条件をつくる活動は、すべてビジネスのネタになると言ってもいい。従来の観念にとらわれない柔軟な幸福へのアプローチが求められる。

(茂木健一郎 写真=PIXTA)