福岡県天神から30分で行ける、荒海に浮かぶ「志賀島」ってどんなとこ?

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天神駅から徒歩10分のところにあるモダンな船着き場「ベイサイド・プレイス博多」。

ここから、あの有名な「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」と彫られた国宝「金印」が出土した、志賀島(しかのしま)へ船で渡れることをご存じだろうか? 今回は、スタンダードな九州旅行には少々飽きてきたという方々へ、福岡県の所有する、歴史と伝承に満ちたエキゾチックな「離島への旅」を紹介しよう。

天神駅から片道たったの30分のところにあるこの志賀島は、人工の埋め立て地などではない、ホンモノの島である。

福岡市東区から12キロの細長い砂州・海の中道が孤線を描く先に、一周12キロのこの島が浮かんでいる。

砂州の先端と島の間には200メートルほどの橋がかかり、車でも渡ることができるが、一押しはやはり船。

ベイサイド・プレイス博多からの片道切符の代金も、650円と価格も手ごろだ。

空の青、海の青に圧倒されつつ志賀島に到着すると、この島が豊かな歴史の宝庫であるということを実感できるだろう。

「金印」に彫られている「奴国」という国名は、奈良や京都が登場するよりもずっと昔、最初に世界史にその名を刻んだ日本の地名といわれている。

古くからこの地を守ってきた阿曇(あずみ)氏は、代々、志賀海神社の宮司の職を継ぎ、今でも祭祀(さいし)を守っているという。

今回はその宮司を支える役職でもある権禰宜(ごんねぎ)、崎山庫助さんに話を聞いた。

 崎山さんは14年前に静岡の富士山麓に鎮座する浅間神社から、はるばるこの九州の志賀島へ赴任してきたという。

やはり最初はカルチャーショックの連続だったようだ。

一般に神社では、若い神官が日々の掃除からお祭りのお供えまで自分たちでする。

しかしここ志賀海神社に限っては、神官たちの雑用を肩代わりする“神人”という専属の人々がいるというのだ。

しかもこの“神人”、志賀島の集落に住む人の中から選ばれるという。

つまり神職である権禰宜、禰宜(ねぎ)、宮司は、本殿をはじめ完全に準備が整った祭りの場に赴き、ひたすら祝詞を上げ、祈りをささげることに専念するのだ。

この独特の制度の厳しさは、命をも飲みこむ荒海を相手にする人々の氏神様であることからくるのかもしれない。

仕事が厳しいといえば、当然漁師もだ。

志賀島では、海沿いを歩いていると「海士(あまし)」が海辺で雑談している姿を見かける。

潜水漁といえば一般には女性、そう「海女(あま)」の仕事と思われているだろう。

志賀島では珍しいことに、「海士」と呼ばれる男性の潜水漁師が多い。

ワイルドな「海士」たちがとってきてくれた新鮮な海鮮をおなかいっぱい食べられる店も、数は少ないが運営されている。

オススメは志賀島センターの「海鮮丼」(1,050円)。

新鮮な海鮮が、やや乱雑に盛り合わせてある一品だ。

特製のゴマだれを丼に注いで、卵の黄身を全体にまぶす。

まるでビビンバのような食べ方だが、ゴマだれの香りが口いっぱいに広がりうまい! 他に、土日限定で出される、水揚げしたばかりのサザエを使って作られる「サザエめし」(350円)などもある。

いずれも「海士」たちが身体をはってとってきてくれた鮮魚を堪能できるメニューだ。

数カ月前には、志賀島の沖に仕掛けられた定置網に小型のクジラがかかったと原田さん。

「漁が少のうなったて言うても(少なくなったと言っても)、海の神様のおかげで、この島はまだまだ恵まれとる」。

海士たちは、見事な赤銅色に日焼けした頬をくずして笑いあっていた。

天神のベイサイド・プレイス博多からわずか30分の志賀島。

そこには、豊かな海の恵みと荒ぶる海神が住まう、ダイナミックな異境が広がっているのだ。