生活保護はなぜ、国民年金より月7万円以上も高いのか

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高齢者になって仕事がなくなり、年金も思ったほどもらえず、虎の子の資産も底をついたら──。あなたの最後のセーフティネットである「生活保護」について、大蔵省(現・財務省)の元官僚で『生活保護の謎』の著者であるジャーナリストの武田知弘さんにお話を伺った。

武田氏:日本はいま、未曾有の高齢化社会へ突入しています。少子高齢化はますます進み、若年層は減る一方です。日本年金機構の2009年度の発表によると、国民年金の未納率が40%を超え、1人当たりの年金受給額も1999年度をピークに減少し続けています。

いまの60代、70代の人たちというのは、しっかり年金を払い続けてきた世代ですし、特に厚生年金加入者の受給額はまだ恵まれています。

問題は、いまバリバリ働いている40代以下の若い人たちが、老後を迎えたときです。非常に厳しい状況に立たされる人は確実に増えます。受給対象年齢が上がったり、受給金額が下がったりするのはもちろんですが、リストラや減給、事業の失敗、派遣社員やアルバイトとしての生活、いざ老後を迎えたとき、まともに年金をかけてこなかった人たちが最低限の生活もままならなくなってしまう。このような人たちはすでに増えていますね。

高齢のため、再就職はもちろん、アルバイトさえできそうにもない。非常に多くの人が生活保護制度を利用せざるをえなくなるはずです。

そもそも生活保護を受けるには3つの条件を満たす必要があります。

まずは「生活保護の申請がされていること」です。生活保護の原則は申請主義です。収入や生活などを見て、行政が率先して生活保護を受けさせに訪ねてきたりすることは絶対にありません。自ら申請して、初めて生活保護を受けることができます。

2つ目は「基準以下の収入であること」です。厚生労働省が定める基準額を下回っていれば生活保護を受けることができます。これは市区町村によって変わりますが、都心部では独身なら約12万円前後が相場です。家族がいれば、もちろんその分増えます。

3つ目は「資産は基準額以下であること」。ここでいう資産とは、預金や車のことなどを指します。建前上、資産がある人はこれがなくなってから生活保護を受けることができます。ただし、預貯金は生活費の半月分以下なら認められ、具体的には大体5万円前後になると思います。

以上の3つの条件で受給資格は満たされます。生活保護を申請する、と聞くと、小難しいものをイメージする人が多いのですが、本来はこのように、とてもシンプルでハードルも高くありません。

ところが世間ではなかなか受給できないイメージがあります。それはなぜでしょうか。

生活保護費用のうち、4分の3は国が出していますが、4分の1は事実上自治体が捻出しています。お金に余裕のある自治体なんてほぼありませんから、彼らとしては少しでも生活保護者を減らしたいという思惑があります。

最近、芸能人の親族が不正受給の報道などもあり、世論の風向きも芳しくありません。役所は世論にとても敏感です。ですから生活保護の申請に来た人たちを役所の職員が、窓口の時点であれこれ理由をつけて追い払ってしまうことがまかり通っているのです。特に知識のない高齢者などは、いいように丸め込まれてしまいます。このため、本当に生活保護を受けなければならないような人が受けられなかったり、高齢者が餓死したり、病院にもまともに行けず、自宅でひっそりと孤独死をしてしまったりするケースも出ています。何度も申請しているが、門前払いにされたりして、必死に我慢している人が8割、必要な人で実際に生活保護を受けている人は2割にも満たないと言われています。

しかし、役所に申請の拒否権はそもそもありません。さきの3つの条件さえ満たしていれば、法的に必ず生活保護を支給しなくてはならないのです。先ほど、条件を満たしたうえで「申請しなければもらえない」と述べましたが、裏を返せば「申請すれば必ずもらえる」ということなのです。

ですから、職員が窓口で「あなたには受給する資格がありません」などと嘘を並べて、申請用紙を渡さず追い返されたとしても、便せんでも何でもいいので、受給を希望する旨を書き、役所に提出すれば生活保護は受けることができます。

万が一のことを考え、念を入れて内容証明で送れば間違いないでしょう。もしくは、弁護士に依頼するのも有効な手段です。実は、日本は生活保護が本当に必要なのに受給していない人がとても多い。給付水準そのものも先進国の中でもズバ抜けて低いのです。

では、生活保護を受けた場合、どのくらいの生活レベルが保障されるのでしょうか。

例えば、都心に住む高齢者夫婦の場合、生活保護支給額は月に18万円前後です。生活保護受給者は社会保険が控除されるので、実際は月に20数万円ほどの収入レベルと同程度の生活ができると考えられます。

一方、夫が平均的収入のサラリーマンで、40年間厚生年金を払い続けたとします。すると、厚生年金と夫婦の老齢基礎年金を合わせた額は、月に約23万円程度です。生活保護でも年金生活とそれほど遜色のない生活が送れるのです。

逆に、自営業などで国民年金にしか加入していなかったりすると、夫婦合わせても月の年金受給額は13万円ほどにしかなりません。これでは生活保護支給額のほうが7万円以上も多いことになってしまいます。

実は、年金を受け取っていても、生活保護は受けられます。年金だけではなく、アルバイトや派遣社員として給与を貰っていても、それが基準額を下回っているのであれば、生活保護を受ける資格になり、差額が支給されます。昨今、働けど働けど生活保護支給額程度の給与が貰えないワーキングプアなどが問題になっていますが、生活保護の仕組みを知らない人があまりにも多いのです。

若いうちから老後資金について、必要以上に不安を募らせる人が多いようですが、国家が破綻でもしない限り、いざというときには最後のセーフティネットがあることを心に留めておくと少し楽になるのではないでしょうか。

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武田知弘(たけだ・ともひろ)
1967年、福岡県生まれ。大蔵省(現・財務省)に勤務。大蔵省退官後、出版社勤務を経てフリーライターに。ビジネスの裏側、歴史の裏側を検証した記事、書籍を多数発表。

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(武田知弘)