海外へ、人材大移動が間もなく始まる −−自動車メーカー経営トップ直撃!−「全社員に告ぐ」【2】

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あらゆる部署から全社員が海外へ出ていこうという時代。日本人に求められる「新しい働き方」と「マインド」とは。

■工場海外移転の落とし穴

世界の自動車市場は、新興国が牽引しながら急拡大を続けている。その一方で、新興国も含めて自動車の環境規制は厳しくなっていく。このため、「環境技術を持って、新興国市場を攻めていく」(カルロス・ゴーン日産自動車会長兼CEO)のは、環境技術を持つ日本メーカーの基本的なシナリオだろう。だが、ことは一筋縄では運びそうにない。

とりわけ、1ドルが80円を切る円高の定着は日系各社にとって共通の痛手だ。

「日産の戦略をより完璧にするためには、最終的により力強いベースを日本につくらなければならない。しかし為替レートの状況から、ベースづくりがままならないのです」とゴーンは訴える。

土屋勉男・桜美林大学大学院経営学研究科客員教授は、次のような指摘をする。

「新興国を中心に需要が拡大し、環境技術が進化し続けている自動車は、(家電のように)汎用品(コモディティ)化していません。ただし、部分的に汎用品化する要素がある。それは、円高対応により始まった日産・マーチや三菱・ミラージュに代表される逆輸入車です。いずれもタイで生産していますが、輸入量が増えていけば日本国内の雇用にも影響するでしょう。逆輸入車は円高下で短期的には有効でしょうが、長期的には日本のものづくりにとってマイナスです」

10年7月から日産はタイで生産したマーチを日本で販売し、三菱自工もタイ製ミラージュを12年8月から日本市場で発売した。

最初に逆輸入を始めた日産の志賀俊之COO(最高執行責任者)は言う。

「自動車は家電とは違う。安易に生産の海外移転を進めてはいけないのです。なぜなら、工場とR&D(研究開発)とは車の両輪だから。国内に生産を残さなければ、日本のものづくりが衰退してしまう」

日産の中には、海外生産推進派と国内生産維持派と2つの勢力があると見られるが、志賀は間違いなく維持派だ。

研究開発部門と工場が“二人三脚”で役に立つ技術や斬新な商品をつくり出してきたのが、日本の製造業。両者は相互にやり取りをしながら、人間臭く、有機的に結びつき、他社にはない差別化したものづくりを生んできた。工場が海外に離れると、「開発者の“思い”が生産現場に伝わらなくなる」(電機メーカー技術者)。そして両者が離れることで必然的に、コストやつくりやすさを優先する無機質な“データ”が重要となり、製品のコモディティ化は進んでいく。

現実に「R&Dさえ国内に残せば、工場を海外移転させても問題ない。開発力は維持されるから」と1970年代までの米国の電機業界、さらに85年以降の日本の電機業界で言われ、そのまま実行された。しかし、前者はパナソニックやソニーに席巻され、後者は韓国メーカーからの追い上げを食っている。

土屋教授は言う。

「トランスプラント(海外の低コストの工場)への生産依存度が高まると、商品は汎用品化してしまう。ものづくりからのフィードバックがないと、開発は弱体化してしまうのです。雇用という点では最近のアップルが象徴的ですが、雇用の貢献は現実にものをつくっているアジアに対して大きく、開発と商品企画を残した米国では小さいのです。日本の自動車ではトヨタ、08年までフォード傘下だったため国内生産比率の高いマツダ、浜松地域に生産の根を張るスズキといった国内生産を大切にしている会社が、長期的には勝てると思います」

トヨタは300万台、日産100万台、マツダ85万台……。自動車各社は国内での年間生産台数を約束している。ただし、事態は変わってきた。マツダは建設中のメキシコ工場からブラジルへの輸出を計画していたが、ブラジル政府がメキシコからブラジルへの輸出に制限をかけた。このため、「日本への逆輸入も視野に入れる。貿易障壁がないのと為替をキーにあらゆる方策を検討する」(山内孝マツダ社長)としている。

また、スズキもすでにハンガリー工場から日本への小型車「スプラッシュ」の逆輸入を始めているが、インドもしくはタイからも「世界的な効率を考え、必要とあれば(小型車の逆輸入を)やる」(鈴木修スズキ会長兼社長)と話す。「生産の海外移転を安易にしてはいけない。国内での技術の伝承ができなくなるから」(鈴木会長)と少し前は訴えていたのに、状況は予想を超えて変化し君子は豹変していく。

日産はマーチの生産を追浜工場(神奈川県)からタイに移管する一方、追浜では電気自動車(EV)「リーフ」の量産を開始している。だが、EVはそれほど売れてはいないのが現状だ。

ミラージュをタイから日本へ逆輸入する三菱自工の益子修社長は言う。

「一番の問題は日本の人口が、減るということ。大きな国内市場と輸出があって国内生産を中心としてきたモデルは、もう通用しません。これから、国内市場は縮小し海外市場は拡大していく。日本では関税がかかり、距離が遠く、しかも円高だから、輸出をしても利益は出ないのです。だから、消費地に近く歴史的にも長く製造してきたタイを生産拠点としていきます。そこからASEAN、欧州に輸出していく」

タイではトヨタが新興国向け戦略車「IMV」のほか10年からHV(ハイブリッド車)「プリウス」を生産。日産やマツダも生産を拡大しているほか、スズキもインドに次ぐ第二の拠点として、タイ工場を今春稼働させている。中国やインド、オーストラリアも含めたFTA(自由貿易協定)、そしてタイ政府が推進している環境車政策(エコカー・プロジェクト)による税優遇も大きい。環境技術を有する日本企業は、エコカー・プロジェクトのメリットを享受できるのだ。

■海外市場への「全員攻撃」が始まる

ASEANは「圧倒的に日本メーカーが強い。モータリゼーションを、日本メーカーが主導したためです」(布野幸利トヨタ副社長)。「韓国メーカーもなかなか入り込めない」(益子三菱自工社長)と言う。

ただし、いままでとは違う出方を日本企業はしている。どうやら、単なるトランスプラントの増強とは違うのだ。

スズキは相良工場などからワーカーの“手練れ”を150人、タイ工場に送り込んでいる。各工程でタイ人の新人たちと一緒に働き、仕事ぶりを見せている。

「初めての試みだが、うまくいっている。タイ製スイフトはオーストラリアなどにも輸出するため、最初から高い品質でなければならないのです。言葉? それは大丈夫。現場のワーカー同士、心で通じ合えるのです」と鈴木修。

三菱自工も、タイをはじめ新興国に駐在する人員を増やしている。「日本人が足りないのです。タイでは大きく増員させましたが、中国、ロシア、インドネシアと工場を立ち上げていくため、現地で指導をできる日本工場のワーカーは必要。あらゆる部署が海外に出ていくことになるため、会社として語学研修も充実させているところです」と益子は話す。

新興国をコアとする自動車市場の拡大は、日本人に新たな働き方を求めている。家電が歩んだ“コモディティへの行進”とは異なる全員攻撃が始まっていく。

「日本人はこれから海外で活躍することが、ごく普通になる」と益子は言い切る。

開発も工場とともに出ていき、有効な技術を例えばタイで開発していく形だ。

さて、全社員が出動していく時代には、とりわけ現地との“接点”となる「人」がどう活躍できるかで、戦いの行方も変わっていくのだろう。社員は何をどうすればいいのか。

「求められるのはチームワーク。そのためには、メンバーへのリスペクトは不可欠になります。相手への尊敬がないチームワークであってはならない」と布野は40年にわたる自身の経験から話す。

元商社マンの益子は「特に、上から目線になってはいけない。その国の人たちと一緒に事業をしているという気持ちを持つことが大切です」と言う。

鈴木修は「その国の食べ物を何でも食べること。そうすればすぐに現地に馴染める。僕はタイではメシを食べずにドリアンばかり食べている。まぁ、一番大切なのは、現地の人に対し指導というより、一緒にやりましょうという気持ち。ハートを伝えることです」などと言う。

こうしたなか、日産の川口均常務は言う。「日産はダイバーシティ(多様性)を導入しているので、現地とか本社とか、区別がない。国籍も性別も関係なしに、みんなが一緒なのです。他社とは、やや違うかもしれません」。

日産では海外現地法人の社員でも、優秀な人は本社の幹部に登用される人事システムになっている。キャリアコーチと呼ばれるスカウトマンが、世界中の従業員のなかから、将来の幹部候補を日夜探している。男女の別や国籍、勤務地などとは関係なしにだ。

さらに、ナック(ノミネーション・アドバイザリー・カウンシル=NAC)という人事委員会があり、委員であるゴーンや志賀たちが候補者と密かに会い、場合によっては登用する仕組みだ。

自動車に限らず、日本の大手企業で現地法人に勤務する外国人を本社に登用する会社は、そうはない。「インドのマルチ・スズキならば、マルチで偉くなってもらう。浜松の本社に登用はしない」(鈴木)のが一般的。三菱自工の益子も「日産は進んでいる。当社はやはり現地法人で出世してもらう。現地法人の役員は、できる限り現地の人にやってもらう方針。労務問題も起きるので」と話す。

■女性初の開発責任者

日産の志賀は「ダイバーシティを導入すると、波風が立ち最初は心地いいものではありません。しかし最初のヤマを乗り越えれば、間違いなく企業文化は変わる。違いを認め合うことで、内向きな文化は消え組織は活性化します」と語る。

国内で9月に発売された小型車「ノート」の開発責任者は女性だ。これは、日本の自動車メーカーではおそらく初めてのこと。当の本人、水口美絵チーフ・プロダクト・スペシャリストは言う。

「私の部下には、インド人の男の子がいます。お互いに片言の英語で話しますが、着眼点がスマートなので、彼を外国人だとか、入社がどこだとか意識したことはありません。優秀なのですから。また、日本からインドに行って頑張っている仲間も、日産にはたくさんいます。ダイバーシティと言うと、いかにもカッコイイのですが、私は“グジュグジュ”だと思っています。このグジュグジュが心地いいし、働きやすい」

各社の人事システムやカルチャー、トップにより、新興国戦略そのものは変わっていくだろう。技術力の違い以上に、会社としてのスタンスの違いで、明暗が分かれていくのかもしれない。

一方、環境技術をめぐっては自動車メーカー間、さらには電池メーカーなどとの協業や提携も求められていく。「スカイアクティブ」技術を持つマツダの山内は、「いろいろな話がきます。最初から資本提携を狙うつもりはないが」と話す。

また、トヨタはBMWとの提携を拡大し、FCVへと大きく舵を切った。トヨタは15年に500万円以下でセダンタイプのFCV量産を計画する。「充電の必要がないのはメリット」と布野。次世代技術をめぐる提携はこれから本格化するが、どこと組むかは最重要になる。

益子は言う。「資本提携で成功したのは日産・ルノーだけではないでしょうか。成功の理由は、ゴーンさんが両社のトップを務めているからでは。当社は日産と業務提携し、新しい軽自動車の開発を進めています。燃費性能が高い軽を来年には出す。1社がすべての環境技術を担うのは無理があり、協業は増えていくでしょう。業務提携においても、互いのトップが人間的に理解し合うのは大切です」。

電池メーカーとの関係では、日産とNECが協業しリチウムイオン電池をつくり上げた。水面下での期間を合わせれば、ほぼ10年の協力関係だ。同じくスズキも、新型ワゴンRに搭載したリチウムイオン電池は東芝製だが、東芝の技術陣とは2年にわたり協業して開発させている。

「グローバルに出ていくときこそ、強固なアイデンティティがその人の基盤となる」と訴えるのは世界各地を渡り歩いてきたカルロス・ゴーンだ。新興国市場へと会社が出ていき、異業界とともに環境技術の革新を進めていくなか、強い個人が求められている。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(ジャーナリスト 永井 隆=文 的野弘路=撮影)