なぜ、チームワークは分担作業に勝るのか

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■分担作業ではなく、チーム作業をする

仕事に複数の人がかかわると、さまざまな面でロスが発生しやすくなります。それでも私たちがチームを組んで仕事にあたるのは、個人でできることに限界があると知っているからです。

ただし、1+1が2になるという力の合わせ方では、相手がいることによって発生するロスのほうが上回るかもしれません。一人一人がうまく力をかけあわせて人数分プラスアルファのものを生み出してこそ、チームでの仕事の意味があります。

そのことは分担作業とチーム作業の違いを考えるとわかりやすいでしょう。

分担作業とチーム作業は、似ているようで違います。分担作業では、「この作業はAさん、この作業はBさん」と仕事をカタチで分けて進行します。分け方はさまざまです。部署や係で組織的に分けたり、ここまでは営業担当の仕事、ここから先は技術担当の仕事というように職種で分けたりします。分担した仕事のそれぞれは、形式的なまとまりの状態で存在しています。しかし、それ以上でもそれ以下でもありません。

一方、チーム作業では、「この役目はAさん、この役目はBさん」と、仕事の役割の分担を行います。役割で分担すると、それぞれが自己完結した単独のパーツでなく、お互いに有機的なつながりを持った状態で存在します。

■エリアで仕事を分けると、1+1がマイナスになる

野球にたとえてみましょう。

分担作業で守備についているチームは、ライトとセンターの中間付近にボールが飛んできたとき、お互いがこう言います。

「このボールは、センターか、ライトか」

「センターなら俺の仕事だが、ライトならお前の担当だ」

こうした議論が起きるのは、エリアというカタチで仕事を分担しているからです。こうなると、1+1が2になるどころか、むしろマイナスといえます。

一方、役割で分担しているチームにとって、守備範囲は便宜上の分担に過ぎません。センターの選手にとってもライトの選手にとっても、必要なのは《ボールを捕る》というコトです。《アウトカウントを増やす》という役割は共通であり、どのエリアに落ちるのかは重要な問題ではない。

お互いの役割をわかっていれば、境界線上に落ちたボールにも臨機応変に対応して、近いほうが落下地点に向かい、もう一人はカバーに回るという連係プレイで、チームの目的を達成しようとするでしょう。

わかりやすい例を、もう一つあげましょう。高さ3メートルのところに、おいしそうな果物が実っていたとします。

分担作業をしているチームではお互いが自己完結で仕事をしているので、一人一人がそれぞれにジャンプして果物をもぎとろうとします。しかし、一人がどんなに高くジャンプしても3メートルの高さには手が届きません。分担作業では、一人一人が頑張っても越えられない壁があるのです。

では、高さ3メートルのところにある果物を、どうすれば手にできるのか。

答えは簡単です。何人かが集まって肩車をしたり、組体操の要領でピラミッドを組めばいいのです。一人一人の背は低くても、同じ目的に向かって有機的に協力しあえば、背の高い人が一人一人単独でジャンプするより、ずっと高みに到達できます。これこそがチームプレイの醍醐味といえます。

たとえば騎馬戦も同じです。全員が騎士役をやりたがると騎馬が成り立ちません。騎士役と馬役がそれぞれ同じ目的に向かって協力し合うからこそ、勝利に近づけます。

アイデアに関しても、同じことがいえます。あるニュースを聞いてひらめく人もいれば、無反応な人もいます。アイデアが生まれるかどうかは、個人の知識や経験しだい。これが個人で発想するときの限界です。

しかし、チームの場合は違います。チームで発想すれば、ブレーンストーミングに代表されるようにアイデアはどんどんと広がっていくのです。

個人でも、アイデアが次のアイデアを引き出すという現象を起こすことは可能です。しかし個人の場合、アイデアの生まれ方も単線的になりがちで、連鎖が途切れたらそこでおしまいです。一方、チームでのブレーンストーミングでは、アイデアが相乗的に増えていくため、その気になれば連鎖を無限に続けていくことができます。そこに個人で発想するときとの決定的な違いがあるのです。

『ビジネススキル・イノベーション』第2章 時間と感情のロスを減らす(プレジデント社刊)より

(横田尚哉)