■日本語の「漢字文化」の複雑さは世界一アルファベット圏であれば、1.アルファベット大文字 2.アルファベット小文字 3.数字 4.記号 ですんでしまうものが、日本語となると、5.ひらかな 6.カタカナ 7.漢字 が追加され、さらに登記簿や領収書には、8.漢数字 が登場し、パソコンでは、9.全角アルファベット 10.全角数字 11.ふりがな 12.フリガナ が存在する。

さらに、書籍では、13.ルビ という独自のフリガナが登場し、14.縦書き という書体までも登場する。

携帯では独自の15.絵文字 さらに、いうと、日本独自の「時代年号」である16.元号 という天皇の在位期間で年代を表している文化を持っている。

さらに口語では、17.方言 までもっている。

アルファベットならば、26文字と4つのスタイルなのに、日本語となると17以上のオリジナルなスタイルを持っている。

これだけ多種多様な文化を使いこなせる日本人は、まさに偉大な能力を持っている。

悪くいえば、能力の無駄遣いではないのだろうか?言語に関しては、ちっとも「エコ」ではない。

■パソコン、ガラケー、スマホの日本語変換方法もエコではない。

パソコンの変換方法を考えてみても大きな無駄がある。

欧米人は本を見ると、そのまま、「Book」と打鍵する。

日本人はまず、1.本を「honn」とローマ字による因数分解を瞬時に行い、 2.スペースキーを押して変換する。

3.変換候補の中から「本」の漢字を目視で確認してから確定し入力を終える。

4.これらの作業を繰り返してキーボードから入力し文章を綴る。

スマホのフリック入力でさえ、ひらかな→漢字変換という作業は目視で確認しながらなので同じ入力構造である。

「Book」と「本」の入力のだけでもこれだけメソッドが違う。

これらを日常で行っている日本人を外国人はすごいと思っている……なのになぜ? 英文ビジネスレターが打てないのか不思議に思っていることだろう。

さらに、同じ漢字を使いながらも、中国語は書けないというのも不思議に感じているようだ。

日本人からするとほぼ同じ、ラテン系から派生した言葉なのに、ヨーロッパの人たちが自由に喋(しゃべ)れないのがおかしいといわせてもらいたいが(笑)。

アルファベット圏で発明されたタイプライターから進化したキーボード入力を、パソコン時代も、そのまま無理やり、日本語に対応させたので仕方のないことだが、「表音文字」に適した入力方法で「表語文字」を打つには限界があると言わざるをえない。

■Twitterでは、日本語は最高の圧縮言語日本語で得をすることといえば、Twitterのような140文字のような文字制限がある場合に、コンパクトにニュアンスを伝えやすい。

例えば、「影響」という言葉をアルファベットで表現すると、「influence」と9文字も使用してしまう。

しかし、日本語だと9文字もあれば、「映画に影響された。

」とツイートできる。

英語で言うところの「I was influenced by movie」の25文字分のことが9文字で表現できる。

これは表意文字ならではの特徴だ。

確かにこのようにコンパクトな漢字でまとめる能力に日本人は優れている。

本来、箱庭も、お弁当も、お習字も、与えられた間取りの中でどのようにレイアウトするのかの美意識に非常に長(た)けた民族だからだ。

ヒエログリフの時代、亀甲文字の時代のように、また、ロゼッタストーンの石碑に刻み込むような時代には文字数が少なく、表現が豊かな日本語のような表語文字は適していたのかもしれない。

しかし、文章量も紙もEvernoteにもクラウドにも自由に残せる時代だからこそ、文字数を気にせず、世界に通じるアルファベットの表音文字の方が、伝播力は確実にあがってきているのではないだろうか?■夢の音声入力、音声翻訳の時代はくるのか?英語であれば、音声入力や音声からアルファベット化は当たり前になりつつある。