ポール神田の世界は英語でつながっている! (5) ネアンデルタール人からフェニキア人まで、人類は表現したい生き物である

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■ネアンデルタール人の表現欲求フランス南西部のラスコー洞窟の壁画は、1万5,000年前(後期旧石器時代)にネアンデルタール人によって描かれた。

いや単に描いたというよりも壁の凹凸を利用しながら、3Dに見えるように巧みに塗料が塗られているのだ。

赤鉄鉱(ベンガラ)の良好な耐候性や耐久性を利用し、牛などの狩りの様子を克明に描いている。

さらに、雨水に耐えるよう洞窟(どうくつ)内の壁画で、焚き木をしながらも鑑賞できるように製作されている。

言葉も文字も持たないネアンデルタール人は、何のためにこんなに見事な壁画を残したのだろうか?画商もいなければ、オークション制度もない。

当然、お金という貨幣価値もなかった時代だ。

絵を描いて一体何の得になったのだろうか?それは、ただ、「描きたかったから」という単純な理由だったのかもしれない。

ビジネスモデルを常に考えて仕事をしている現代人とは志そのものが違っていたのだろう。

さらにネアンデルタール人は、発声器官が発達しておらず、音声や言葉ではコミュケーションができなかった。

しかし、洞窟で共同生活を営むためには、狩猟を主とした営みや、男女間での役割分担もあったはずだ。

そこで、当然、発達したのが身ぶり手ぶりのボディ・ランゲージだ。

むしろ、最低限のコミュニケーションとしての身ぶりだけでなく、壁画を使って、狩りの戦略をチームでとしてミーティングしていたのではないだろうか?とさえ思える。

悠久の歴史から、言葉だけでなく、身ぶり手ぶり、図解、いろんなものを活用してわれわれはコミュニケーションをとってきた。

ネアンデルタール人でさえも、頭のイメージを壁画に表現し、それを仲間と共有していた。

人類は、生まれながらの「表現欲求」を持った生き物であると考えることもできよう。

現代でも、外国語のような、オーラルなコミュニケーションが取りにくい場面では、身ぶり手ぶりでネアンデルタール人になったつもりで表現しなければならないのだ。

欧米人はオーラルでコミュニケーションできていても、さらにオーバーなアクションで表現する。

ボクたち日本人はもっと大げさなくらい身ぶり手ぶりをして、初めて相手に思いが伝わるのである。

■象形文字から生まれたアルファベット文化と漢字文化ネアンデルタール人が登場したついでに、文字の歴史もひもといてみたい…。

紀元前4,000年のエジプト文明では、「ヒエログリフ」が発明され、鳥の頭の向きによって、右にも左にも下にも読み進めることができるという自由な文字体系が誕生する。

象形文字の「表語文字(単独の文字で意味をなす文字体系)」ではあるが、「表音文字(意味に対応しない文字体系)」という「英語」と同様に読み方を表す文字の特性の2面性を持っていた。

紀元前3,000年の古代メソポタミア文明となると、シュメール人たちは、楔形(くさびがた)文字という粘土板に表語文字を記しはじめた。

彼らは7日間を一週間とし、60進法で現在の時間の概念を発明する。

楔形文字は、「目には目を、歯には歯を」のハンムラビ法典を記し、争いごとを定める法令順守の法治国家を形成する。

楔形文字の特徴は、「漢字」と同様の形あるデザインから省略されて作られた「表語文字」であった。

聖書研究者によると同紀元前3,000年ごろに、旧約聖書では、堕落した人類を神が滅ぼそうとし洪水をおこした。

有名な「ノアの箱舟」の話だ。

助けられたノアの箱舟には、ノアの一族とつがいの動物たちで新たな門出を迎えた。

洪水後のノアの子孫たちは、繁栄し、ネズミ算式に人口が増え、すべての人が同じ言語を話していた。

さらに人類の文明は進化し、二度と洪水にあうことがないよう、巨大なバベルの塔を建築しはじめる。