体の様々な細胞になる能力をもった「iPS細胞」を開発し、ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授。同タイミングで、「iPS細胞」を使用した臨床応用に成功したと主張する森口尚史氏も現れ、「iPS細胞」についての話題が世間を騒がせています。13日には森口氏が、国際会議で発表する予定だった「iPS細胞」を使った手術について、時期・回数などに嘘があったことを認め、事態が進展しました。

 今回の虚偽の件は、ノーベル賞受賞に水を差すかたちとなりましたが、山中氏の功績やこれまでの苦労などは多方面で紹介されています。

 そんな山中氏ですが、唯一の自伝『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』のなかで"挫折"や"転機"について紹介しています。

 自身がラグビーをやっていたことから、整形外科医を目指していた山中氏。研修医として国立大阪病院に勤めはじめた時のことです。うまい人なら20分で終わる手術に2時間もかけてしまいました。そんな山中氏についたあだ名は「ジャマナカ」。「お前はほんまに邪魔や」と、指導医から屈辱的なあだ名がつけられたのです。

 しかし、山中氏が手術を苦手としていたのは事実。犬やマウスの手術なら上手くいくものの、人間が相手だと緊張して思い通りにできないのです。手術を満足にこなせないということは、整形外科医として大きな弱点。山中氏は大きな壁にぶつかりました。

 ただ、この壁が転機となります。

 山中氏が最初に担当したリウマチ患者は、全身の関節がみるみるうちに変形する重症でした。「いくら神業のような手術テクニックを持っている医師にも治せない病気や怪我がある」このことを目の当たりにした山中氏は、自分の能力の限界とともに臨床医の限界も感じたのです。

 「医者になるまで、病気で苦しみながら亡くなっていく人が自分の周囲にはいませんでした。苦しむ患者さんの姿に触れる経験がなかっただけに、整形外科で重症患者の人たちに出会った衝撃が大きかったんです」

 ここで思い切って進路変更に踏み切った山中氏。しかし、それが現在の原点となっているのです。

 そして、 整形外科医の研修医時代についていたあだ名「ジャマナカ」は、いつの間にか形を変え、「ヤマチュウ」に格上げされたことを同書で明かしています。



『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』
 著者:山中 伸弥,緑 慎也
 出版社:講談社
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