コンビニエンスストアのレジ周りに、臓器提供の意思表示をする緑のカードを目にする機会が多くなりました。Facebookにも臓器提供者として意思表示をする機能がつく時代。日本人にはまだ馴染みの薄い臓器移植、それをテーマとした本がこれです。

 カズオ・イシグロが構想から10年越しに完成させた物語、「わたしを離さないで」。映画化に伴い名前を耳にした人もいるかもしれません。

 医学の発展に伴い臓器移植が当たり前のように行われる世界。臓器提供のためだけに複製されたクローン人間を育て、「提供者」として送り出す場所が作られています。クローン人間を人道的で文化的な環境で育てれば普通の人間と同じような感受性豊かで理知的な人間となることを示すため、芸術活動が奨励されるヘールシャム。キャシー、ルース、そしてトミーはそこで育ち、徐々に世界の違和感に気付いていきます。

 ある一つの目的のためにこの世に生み出され、小さいころから自分が臓器提供者であることを刷り込まれて育つ。そしていつか、提供者として数回の臓器提供をし、命を終えていく人生です。自分のためではなく、誰かのための命を持って、彼らはその人生に何を思うのでしょうか。

 「新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。素晴らしい。でも無慈悲で、残酷な世界でもある」。自分以外の誰かのために用意された命が存在する世界、私達の未来を見ているのかもしれません。

 読了後改めて映画を見てみると、くすんだ霧の情景を初めとして、小説世界が丁寧に描かれていることもわかります。併せて楽しむ中で、少しだけ得体のしれない焦燥感を抱えたならば。改めて、臓器提供について自分なりに考えるきっかけをくれる一冊になるかもしれません。



『わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)』
 著者:カズオ・イシグロ
 出版社:早川書房
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