吉本新喜劇座長 小籔千豊氏

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吉本新喜劇座長 小籔千豊(こやぶ・かずとよ)
1973年、大阪府生まれ。吉本新喜劇座長として百戦錬磨の芸人を束ねる。「知りたがり!」「テレビで基礎英語」「バカソウル」などテレビのレギュラー出演も多数あり。音楽ユニット「ビッグポルノ」結成、CDリリースを果たした。

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僕の職場である吉本新喜劇には、お笑いに精通した後輩思いで優秀な先輩しかおりません。だからアホな上司についての話なんて全くない……はずなんですけど、どういうわけか心当たりがないこともないので、僕なりの体験を語らせていただきます。

振り返ると僕の考えたアイデアを先輩が「それええやん」とあたかも自分のものとして使うようになったり、「こうしたらウケるから」と明らかに間違ったリードをされて、舞台でスベらされてしまうことがありました。新喜劇の世界で座長というトップを目指して少しずつ点数を積み上げていく中で、たとえ上司の指令であれスベってしまえば何十点もマイナスになるわけです。こんな迷惑な話もありません。でもそこで「おまえの言うこと聞いたらこのザマや。なにしてくれんねん!」と突っかかるのは間違っていると思います。

というのも悪い上司が“病気”だとしたら、直接対決する方法はそのときスッキリするかもしれないけれど、それって抗生物質で副作用が必ず出てくるんです。その様子を見ていた周りには「あいつは激情型で先輩に食ってかかる困ったヤツ」という悪いイメージが残って、結果いいことがない。困難に遭遇すると、人は逃げるかやっつけるかしたくなるもんです。でもたとえばアホな上司・A型を叩いても、たいていの場合、次にアホな上司・新型が襲ってくるわけじゃないですか。対症療法じゃダメなんですよ。

ではどうしたらいいかというと、即効性ある劇薬でねじふせたくなるのをぐっとこらえる。そして食事から変え、生活習慣から変え、どんな型がきても耐えうる体づくりをすることで、“病気”とうまくつきあっていく。つまりアホな上司に変革を促すのではなく、自分を強くして解決するんです。

僕の場合、「自分だけがひどい目に遭っている」という状況にとらわれないように努めました。「こうしてスベったのはみんな経験したことや。もっと過酷な状況でもっとひどい仕打ちを受けた人もたくさんいる。なに自分だけ悲劇のヒーローになってんねん!? 」と考えるようにしたんです。

■逆境がマイナスかはすぐにはわからない

といってもそれですぐモヤモヤが静まるほど、できた人間でもございません。そこで次に自分が何をしたくて今の仕事を選んだのか、初心に帰りました。それをしたらぶれへんと思うんですよ。僕が新喜劇に入った目的は、嫁はんにビッグマネーをパスするためであり、お笑いの世界に入ってお世話になった人たちに恩返しするため。そこで「じゃあ耐えなあかん」と確認できる。読者のみなさんも何かを背負って仕事してるわけでしょう? 大体、自分の進む道が舗装された道路じゃなくてジャングルのいばら道ということはもともと知っていたはずで、そう考えればアホな上司がちょっかい出してくる状況だって自分自身で選んだと言えます。上司のせいにせず、なんなら自分がこの災難を招いてるぐらいの感覚でとらえたほうが、ストレスはたまりません。

逆境は受け入れてしまったほうがいいんです。僕が吉本新喜劇に入ったとき、芸歴9年あったのにまったくの新人と同じポジション、同じ給料からのスタートでした。そしてその後も「出る杭は打たれる」という言葉がなかったら自分で思いついたであろうほど上から打たれた。つらかったけど、その環境だったから頑張れたし、マジメに勉強した結果、新喜劇とは何たるかを理解できたと思えます。

天台宗の大阿闍梨が書かれた本にも似たようなことが記されてました。その方は千日間、山を歩く修行をしていて、雨が降ると雨着の裾から露が入ってくる。イヤやな、と思いながら山を潜り抜けたら、雨の水分が空気中で輝いて、陽が非常に美しく見えたそうです。一瞬イヤなことでも、それがトータルでいいことか悪いことか、そのときは判断つかないんですね。今はアホな上司が自分に雨を降らしてくるとしても、それを糧にしたり反面教師にしたら、いつかは美しい陽を拝めるかもしれません。

だから座長になった今、僕はアホな上司に感謝してるかというと……全くしてません! でも、「よくぞあのタイミングであの人を上司に置いてくれた神様、ありがとう」と思っています。

(吉本新喜劇座長 小籔千豊 構成=鈴木 工 撮影=キッチンミノル)