先日、アメリカの科学者たちは、iPadをはじめ、タブレット端末にバックライトが付いたディスプレイを、長時間見つめることは、直接的に不眠症につながる可能性があることを証明しました。

 研究チームの一員は、「人間はわずか2時間の間この種のディスプレイの光を受けるだけで、メラトニンが22%減少する可能性がある」と語っており、寝る前にタブレット機器を使う習慣がある人は、睡眠に問題を抱えると注意しています。

 新端末の発表や新機能搭載など、賑やかな電子書籍の世界ですが、どうやら良いニュースばかりではないようです。上記の他にも、思想家・武道家・翻訳家の内田樹氏も、本をiPadで読んでも、面白さが「何か」足りない気がすると言います。

 「何か」......、その答えは、「本の厚み」にありました。

 ミステリー作品を例にあげると、同ジャンルでは、読者を誤った推測へミスリードさせる「レッド・ヘリング」という手法が多用されます。いかにも怪しげな人物が登場し、犯人と思わせる。そう思って読みすすめていると全然違うところから犯人が登場するという仕掛けです。優れた小説家は、このレッド・ヘリングを効果的に使い、読者を作品の世界に引き込みます。当然ながら、読者もレッド・ヘリングを予期しながら作品を読み進めます。

 問題なのは、このレッド・ヘリングは物語の終盤には登場してこないのです。残りわずかで真犯人登場といった意地悪は、腕のある推理作家はしません。

 「残りが3、40頁になると、トランプの神経衰弱みたいに、それまで謎だったいろいろなことがぱたぱたと次々に解明されてくる。そういうフィナーレ間近の、物語のスピードが最後の加速をしてホームストレッチに雪崩込んでくるときには、話の節目を横に逸らすような『レッド・ヘリング』は絶対出てこない。(略)ここから先に出てくる『怪しいやつ』はほんとうに怪しいやつ。そういう登場人物の解釈についてのルールが切り替わるポイントがある。読者はそれを残り頁数で見切るのです。同じようなエピソードでも、同じような形容詞でも、それが物語のどの頁に出てくるか、前のほうか真ん中あたりか終わりのほうかで、解釈が変わる」(内田氏)

 紙の本では、左右の重量差で残り頁数がわかります。しかし、電子書籍ではそれがすぐにはわかりません。

「もちろん、デジタル表示で『残り何頁です』ということを見ればわかります。でも、頁数をチェックしながら、あと残り何頁だからそろそろ読み方を変えないといけないとか、そういう面倒なことは僕たちはできないのです。実際には、手に持った本の頁をめくりながら、手触りや重み、掌の上の本のバランスの変化、そういう主題的には意識されないシグナルに反応しながら、無意識的に自分の読み方を微調整しているんですから」

 読書というものは、本能的に本を感じ取りながら楽しむものなのでしょう。「何だか言葉にはできないけれども、電子書籍は読みにくい」、その答えの一つに本の厚みがあったのです。



『街場の文体論』
 著者:内田樹
 出版社:ミシマ社
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