10月1日の内定式
裏にあるホンネと建前

 10月1日。今年も、多くの企業の内定式が行われた。来春の新入社員となる学生が一堂に会し、「正式な内定」を企業から提示される、という晴れがましい日ではあるのだが、5月末までに半数近くの大学生が内定を獲得している、という実態を考えると、なんとも不可思議ではある。なぜ、10月1日に内定式を行うのか。そして「正式な内定」とは何なのか。

 これには、ちょっとした歴史の綾がある。発端は、就職協定が実質的にスタートした1953年に制定された「10月1日から(大学の)推薦開始」というルールだった。

 この時代は、大学からの推薦状が企業に提示されることで、正式に内定が決定するシステムであり、このルールは1972年まで続いた。ところが、就職活動の早期化を抑制するために協定を制定した文部省、労働省の構想通りには事は動かず、高度成長ピーク時には、大学3年生の2月から3月に就職が決まるような状況もあった。ルールは完全に形骸化し、「青田買い」は全くおさまらなかった。

 一転して環境が変わるのが、オイルショック後だ。不況による内定取り消しが横行し、大きな社会問題となったことから、「10月1日会社訪問解禁 11月1日採用選考開始」と、採用選考時期を大きく遅らせることが取り決められた。これまでの右肩上がりの成長から、環境が激変したことを受け、企業の採用計画も不透明になるなかで、企業にとっても好都合のルールと受け止められた。

 だが、これも長続きはしなかった。オイルショックによる景気低迷は短期間で解消、日本経済が再び活力を取り戻す中で、いい人材を早くに確保するために、多くの企業が表向きは就職協定どおりに採用活動をすると広報しながら、水面下で採用活動を行う「フライング」が横行した。その加熱ぶりに対応し、協定の中身は幾度となく書き換えられ、そして、「8月1日前後を目標に採用選考開始 10月1日採用内定開始」というルールを最後に、1996年末、就職協定は長い歴史を終えた。

 つまり、10月1日は、就職協定制定から廃止に至るまで、シンボリックな日程だったのだ。そして、協定は廃止されたにもかかわらず、「10月1日採用内定開始」というルールだけは、今も日本経団連が定める「採用選考に関する企業の倫理憲章」に明記されている。だから、大卒採用が自由化された今も、「正式な内定」とか「実質内定」「内々定」というホンネと建前を使い分けた言葉が残っているのだ。

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