お月見は元々農耕儀礼だった!知っているようで知らない日本の年中行事

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今年の十五夜は、9月30日の日曜日。日本では古来、旧暦8月15日の満月を「中秋の名月」とし、お月見と称して楽しんできました。今でも「お月見」は秋の風物詩として、日本人に親しまれていますよね。

そんなお月見ですが、その風雅なイメージとは裏腹に、もともとは厳かな農耕儀礼でした。

『日本のしきたり 冠婚葬祭・年中行事のなぜ?』(ニューミレニアムネットワーク/著、 神崎宣武/監修、ダイヤモンド社/刊)によると、室町時代には8月15日に月を神として崇める月見の習慣が始まり、野菜や果物を供えて月を拝むことが、上流社会だけでなく、庶民の間にも広まっていきました。この月見行事は、古くからこの時期に行われていた「月を神と崇め、収穫した里芋を備え、悪霊を祓うために薄(すすき)を飾って豊作を感謝する」という農耕儀礼が変化したものだといわれています。秋の収穫を前に豊作を祈願する厳かな行事であり、決して風流なものではありませんでした。

さらに、十五夜は「芋名月」といわれることもありました。今でこそ米が主食となっていますが、当時の主食は里芋。畑で採れた初物の里芋を神に供えたことから、その名が付いたのだそうです。

ここで一つ、問題を出しましょう。当時は里芋とススキを供えていたお月見ですが、今では「団子」とススキという組み合わせの印象が強くあると思います。それでは、その「団子」はどこから来たのでしょうか?

正解のカギを握るのは、主食の変化です。
稲作が盛んになってくると、里芋よりも米の収穫を祈願するようになりました。それに伴い、お供え物は米粉から作った月見団子へと変わっていったのだそうです。
それでも、里芋が一緒に供えられることも多かったようで、今でも関西地方では、団子は真ん丸ではなく里芋形に作るのだとか。

お月見以外にも、日本には知っているようで知られていないしきたりが数多くあります。日本において四季折々の行事をより深く知り、味わうことで、何気なく過ごしていた一日がもっと趣のあるものになるのではないでしょうか。
さらに、国際化が進む中、日本人としてのアイデンティティや考え方のルーツとなる日本独特の行事を知っておくことで、自国に愛着や誇りを持てるようになるかもしれません。

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『日本のしきたり 冠婚葬祭・年中行事のなぜ?』
ニューミレニアムネットワーク/著、 神崎宣武/監修、ダイヤモンド社/刊

FeBe編集部