今年7月末、NHKがホテルを経営する3社を相手取り、受信料の支払いを求める訴訟を東京地裁に起こした。請求額は実に約7億3600万円。そのうち5億5210万円の支払いを求められたのが、ビジネスホテルチェーン大手の東横インだ。

NHK側は部屋にテレビが設置されているにもかかわらず未契約となっている約3万3700件分の受信料を請求しているが、東横イン側は9月10日に行なわれた第1回口頭弁論で、「客室の稼働率」や「テレビを利用しない宿泊客も多い」ことを理由に「NHKの請求は妥当ではない」と述べるなど、真っ向から争う姿勢を示している。

東横イン側の弁護を担当する黒澤基弘弁護士はこう言う。

「昨年末まで、NHKさん側の請求どおり全室の25%分まで支払ってきました。しかし、今年1月から7月までの、全国の宿泊施設の未契約分を全額支払えということで提訴されたのです。われわれとしては、NHKさん側が25%分の請求書を送ってきているのだから契約は25%で成立しているものだと思っていたのですが、NHKさんはそんな契約自体なかったという考えのようです」

そもそもの話、放送法では、テレビ(NHKの放送を受信できる受信設備)を設置すれば受信契約を結ばなければならない(第64条)。

また、ホテルの受信契約はテレビのある客室単位で計算しており、その“原理原則”からいうと、東横インは全客室分の契約を結ぶ必要がある。

しかし、受信料問題に詳しい弁護士の梓澤和幸氏はこう言う。

「放送法にある“契約強制”は、もともと双方の意思と意思の合致によって成立するもの。国家が強制して民事上の意思の合致を成立させることは、かなり無理のある理論をこしらえないと成り立たない。ですから未契約分にまで支払いをさせるのは法的には厳しいと、私は思います。ただ、今までの受信料裁判を見る限り、法廷はNHKの訴えを認める可能性が高いのが実情です」

2010年から一般世帯への強制執行の申し立てを頻繁に行なうなど、受信料徴収に全力を挙げている最近のNHK。2011年度決算では過去最高を更新する6725億円もの受信料収入を得て、4年ぶりに増収増益としている。受信料の月額は地上契約のみで1345円、衛星契約を含んでも2290円。これなら10月から予定されている月額最大120円といういたって小幅な値下げなど、痛くもかゆくもないだろう。

だが、法的な後ろ盾があるとはいえ、ここまで巨額の訴訟を起こす必要があるのか。この点について、メディア論が専門である上智大学新聞学科の碓井広義教授はこう見る。

「この問題は難しくて、NHKだって何も訴えたくて訴えているわけではないんです。NHKは国民の皆さまの“善意”で成り立っている組織。強制しているわけではないという立場なので、裁判沙汰にはしたくない。一方で、受信料の収入が落ちると国会で叩かれる。ですから、個人であろうが事業者であろうが、こういうケースは放っておけないわけです」

今回、東横インに対して100パーセントの受信料を請求したNHKに上がっている、「やりすぎではないか」の声。国民感情としては、それも当然といえるのではないだろうか。

(取材・文/コバタカヒト)