米ピッツバーグ・パイレーツで1996〜2007年の12年間、オーナーを務めたケビン・マクラッチー氏がニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで、自分が同性愛者であることを明かした。

 衝撃的な告白は、米国の4大スポーツでは現役選手の同性愛をタブー視しているため。マクラッチー氏は、「対話を始めなければ何も解決できない。そして今は対話がない」と、スポーツ界における同性愛者の市民権獲得を主張している。

 当ブログでは以前に、ピーター・レフコートの「二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件」(文春文庫)を紹介した(http://blog.livedoor.jp/yuill/archives/51650114.html)。
 架空の球団ロサンゼルス・ヴァレー・ヴァイキングスの遊撃手、ランドルフ・マッカーサー・ドレフュス、通称ランディが、ダブルプレー・コンビのディガー・J・ピケット、通称D.Jと許されぬ恋に落ちる話だ。
 ランディはチームを代表する選手。攻守に渡る活躍で、将来の殿堂入りは確実だった。町には彼の名前を冠したスーパー・マーケットもあった。また才色兼備の妻、双子の娘にも恵まれ、プライベートも充実していた。
 だが、D.Jとの関係が発覚したことで、一変。ランディは地元のヒーローから面汚し者に変わり果て、ついにはD.Jとともに球界から永久追放されてしまう。母親には、わずかに短い手紙で絶縁を申し渡された。
 言うまでもなく、本書はフィクションだが、いかにメジャーリーグが選手の同性愛を敬遠しているかが読み取れる。

 同性愛がタブーなのは、選手だけではない。審判員もそうだ。ジョン・ハフ・ジュニアの「コンダクト・オブ・ザ・ゲーム 大リーグ審判を夢見て」(集英社)はタイトルどおり、青年がメジャーリーグの審判員を目指す物語。「コンダクト」とは「指揮」を意味し、米国野球のルールブックにも「審判はこの公式ルールに則って、試合を進行すること(the conduct of the game.)」とある。

 主人公はマサチューセッツ州ケープコッド出身の青年、リー・マルコム。父親と2人の兄とともに育った青年は高校時代、地元の野球リーグであるケープコッド・リーグの副会長、ジョー・マレッタの頼みで審判を勤める。
 その正確なジャッジと毅然とした態度が認められ、アルバイトで審判をするようになったのだが、リー自身も審判という職業に魅了され、卒業とともに審判養成学校に入学。メジャーリーグでジャッジすることを夢見た。

 作中では、ふとしたことから、同僚のロイ・ヴァン・アーズデールが同性愛者であることが発覚。リーは同僚の趣向を認めたが、周囲は違った。ロイ自身も、いつ首を切られるか、怯える日々を過ごすことになった。

 「二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件」も、「コンダクト・オブ・ザ・ゲーム 大リーグ審判を夢見て」も、ともにメジャーリーグにおける同性愛に触れているが、読後の印象は異なる。

 「二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件」は、テーマは重いが、興奮した男性器をバットのブランドである「ルイスビルスラッガー」と言ったり、同性愛者を「左打者」と表現するなど、語り口は軽快だ。
 一方、「コンダクト・オブ・ザ・ゲーム 大リーグ審判を夢見て」は、リー青年の悩める青春時代を扱っていることもあり、表現の仕方は「二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件」ほど軽くない。

 「二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件」では、永久追放になったランディとD.Jのダブルプレー・コンビの球界復帰の運動が起こるのに対し、「コンダクト・オブ・ザ・ゲーム 大リーグ審判を夢見て」ではロイは絶望のまま、自らの命を絶つ。リーも、ロイをかばったことで、退職を迫られる。
 審判員も選手と同様に、同性愛は許されていないのだ。

 マクラッチー氏は自らの告白で、球界に一石を投じようとしているが、その声は届くのか。