『ワーク・シフト』著者、リンダ・グラットン教授に聞く「なぜ私たちは漠然と未来を迎えるべきではないのか」(下)

世界規模の研究組織「働き方コンソーシアム」は、2025年の未来を「孤独で貧困な人生」と「自由で創造的な人生」の際立った対比として描いた。この調査の中心となったロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授の著書、『ワーク・シフト』が、日本で社会現象といえるほどの注目を集めている。著者のグラットン先生は、2025年には、70歳になっても高齢者が生き生きと働いている一方で、企業における「中間管理職」は絶滅危惧種になるだろうとみている。働き方は、企業の存在意義は、どのように変わっていくのか。

>>「なぜ私たちは漠然と未来を迎えるべきではないのか」(上)
http://president.jp/articles/-/7240

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ロンドン・ビジネススクール教授 リンダ・グラットン
経営組織論の世界的権威で、英タイムズ紙の選ぶ「世界のトップビジネス思想家15人」のひとり。ファイナンシャルタイムズでは「今後10年で未来に最もインパクトを与えるビジネス理論家」と賞され、英エコノミスト誌の「仕事の未来を予測する識者トップ200人」に選ばれている。組織におけるイノベーションを促進するスポッツムーブメントの創始者。『HotSpots』『Glow』『Living Strategy』など7冊の著作は、計20ヶ国語以上に翻訳されている。人事、組織活性化のエキスパートとして欧米、アジアのグローバル企業に対してアドバイスを行う。12年9月現在、シンガポール政府のヒューマンキャピタルアドバイザリーボードメンバー。TEDスピーカー。2人の息子の母親。©Noriko Maegawa

■『ワーク・シフト』http://str.president.co.jp/str/book/detail/BK002016/

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――将来、仕事と生活とのバランスはどうなっていくと思われますか?

グラットン教授:世界中の若者について調査したところ、日本に住む若者が最も仕事と生活のバランスが取れていないという答えが出ました。その理由は、日本の働く環境では「その場にいること」が重視されるからだそうです。会社にいなくては働いたことにならない、ということです。しかし、さまざまな働き方を模索する企業の実験によれば、従業員に柔軟性が高い働き方をさせると、生産性があがり、仕事をもっと楽しんでやるようになり、結果として勤務期間も長くなる傾向があるといいます。つねに従業員を一定時間会社に縛り付けておくのは企業にとてもマイナスではないでしょうか。日本企業の多くは伝統的な働き方を変えていないように感じています。私の勤めているビジネススクールにも日本人女性の学生たちがいますが、男性と同等の機会が与えられているとはいえないと話しています。伝統的な働き方に疑問を感じる日本の若い人たちが新しい働き方を求めて私の本を読んでいるのかもしれませんね。

――グラットン教授自身はどうやってバランスをとっているのですか?

2つ方針があります。一つは、自分が愛することをやること。大学教授という仕事だからそれができるのでしょう、と言う人がいるかもしれませんが。もう一つは 柔軟性を持って働くということです。今日はこのインタビューを午前中に終えた後、自宅にいる2人の息子たちといっしょにランチをたべます。自宅は大学から10分ほどの距離なのでそれができるのです。その後、また大学に戻って働いてから、コペンハーゲン行きの飛行機に乗る予定です。週末は、新しい本を書いているので一日中働いていましたが、ディナーは子供たちと一緒に食べました。ごらんのとおり、予定がびっしりと詰まっている生活をしてはいますが、自分が何をするかを自分でコントロールできているという意識があります。仕事があるからこそ、コントロールできる。家族と一緒にいながら、仕事のことを考えているとなんていうことは全然ありません。完全にスイッチオフします。

――本当にそんなことができますか?

できますよ。食卓について子どもと食事をするときは仕事のことをいっさい考えません。息子たちは「お母さんは何も聞いてくれない!」と不満は言っていますが(笑)、母親が忙しいこと自体が問題ではないのです。バランスをとることは、「忙しくない」ということではなく、「選択ができる」ということなのです。私たちの調査によれば、日本の勤務環境は他の先進国に比べて柔軟性にかけるという結果が出ています。これも日本の読者が私の本を熱心に読んでくださっている理由かもしれません。

――今後日本は高齢化がどんどん進みます。日本の将来へのアドバイスは?

私は日本の専門家ではないので、観察者の1人の意見として聞いてください。日本は世界でも高齢者人口の伸びが世界でも最も早い国ですが、何十年かすれば、中国も追いつきます。そこでできることは、働くことに対する硬直性を破ることです。たとえば、70歳になってもフルタイムで働ける人もいるでしょう。何歳であろうと、人は何かを生み出すことができるという考え方が広まるようにしないと厳しいでしょう。その一方で、日本人の若者たちは社会の中で自分たちのいうことを十分に聞いてもらえないという不満を抱えているといいます。これが本当だとすれば、もっと若者の声を拾う必要があると思います。日本は20年前までは、完全な品質管理を実現し、ものづくりにおいて常にイノベーションをもたらし、素晴らしい製品を多く生み出していました。でもここ15年ほど、日本は歩みを鈍化させているようにみえます。これからは、経営技術に関するイノベーションが必要かもしれません。

――『ワーク・シフト』では、国境を越えた移住が活発になるとありますが、日本ではまだそれほどでもありません。

日本は常に同質文化でした。非常にタイトな社会です。これは日本にとって大きな利点でしたが、同時に、才能のある人が世界中から集まってくるような環境がつくれていないということにもなっています。シリコンバレーにもロンドンにも世界中から才能を持った人がやってきますが。東京はどうでしょうか。ロンドンのようには、世界中の若い人に向かって開かれていないように見えます。

――『ワーク・シフト』の次のプロジェクトは決まっているのですか?

いま、将来の企業のあり方についての本を書いています。『ワーク・シフト』で書いた世界の大きな変化は個人ばかりではなく、企業のあり方にも重要な影響を与えます。調査には1年間を費やして、企業がいかに将来に向けて準備を進めているかを調べました。調査の母体となったのが『ワーク・シフト』の研究組織でもある「働き方コンソーシアム」です。世界中のさまざまな企業が参加していますが、日本の企業は残念ながら参加していません。

――企業の中に、変わらなければという意識は生まれていますか?

何かをしなければという感覚が育ちつつある状態です。変化へのイニシアチブは小さすぎたり、多くの人を巻き込んでいなかったりもしますが、将来に備えて行動を起こそうという感覚は広がっていると思います。企業は人で構成されています。人が変われば、企業も変わってゆくはずです。将来は、企業は社会の一員であるという意識がもっと必要とされてくると思います。企業は3つのことをする必要があります。まず、さまざまな変化に対する抵抗力を築き上げること。それと、地元コミュニティに根を下ろすこと。日本のヤクルトレディみたいに。もうひとつは社会全体を視野に置いた、企業の大きな課題を考え続けることです。

――『ワーク・シフト』では、多くの個人がマイクロ起業家になるシミュレーションがあります。将来、もはや大企業には存在理由がないという印象を持ちましたが。

大企業が消えることを示す証拠はありません。企業は今以上に大きくなるか、小さくなるか。中規模の会社は消えていくでしょう。

――組織の枠組みはどのように変わっていきますか?

テクノロジーを活用することで、「横のつながり(ピアグループ)」の中で仕事が達成されるようになるでしょう。何を達成すべきかがわっていれば、横の関係だけで仕事はできます。ほかの人に「あれをやったか、これをやったか」といわれる必要はありません。単にそこにある仕事をやるだけなのに、どうして常に監督し、監視する人間が必要でしょうか?

――そうなると、管理職の存在意義は?

管理職は過去の遺物となっていくでしょう。昨年、ハーバード・ビジネス・レビューに「中間管理職の終末」(The End of Middle Management)という論文を書きましたが、中間管理職の仕事はどんどんなくなっていきます。仕事を実際にやっているか、あるいは指導者で戦略を考える人が組織を動かすようになるからです。大量の中間管理職の仕事を、テクノロジーが代用できる時代になりました。これからの仕事は、自分以外の人間の指導や支援であり、監督ではありません。

※グラットン先生のウェブサイトから、毎月出るニュースレターに登録することができます(無料)。 http://www.lyndagratton.com/

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Twitterにて感想や考えたことを発表する“Social book reading with Chikirin”にて、『ワーク・シフト』を取り上げていただくことになりました。
日時:2012年10月6日(土)20:00〜22:00
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120816

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(小林恭子=インタビュー)