『ワーク・シフト』著者、リンダ・グラットン教授に聞く「なぜ私たちは漠然と未来を迎えるべきではないのか」(上)

世界規模の研究組織「働き方コンソーシアム」は、2025年の未来を「孤独で貧困な人生」と「自由で創造的な人生」の際立った対比として描いた。この調査の中心となったロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授の著書、『ワーク・シフト』が、日本で社会現象といえるほどの注目を集めている。本書によれば、漠然と未来を迎える人は、たとえ先進国に生まれても、「アンダークラス〈新たな貧困層〉」に陥ってしまうという。そうならないために、いま必要な働き方「3つのシフト」とは何か。緑豊かなキャンパスの一角にある教授のオフィスで聞いた。

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ロンドン・ビジネススクール教授 リンダ・グラットン
経営組織論の世界的権威で、英タイムズ紙の選ぶ「世界のトップビジネス思想家15人」のひとり。ファイナンシャルタイムズでは「今後10年で未来に最もインパクトを与えるビジネス理論家」と賞され、英エコノミスト誌の「仕事の未来を予測する識者トップ200人」に選ばれている。組織におけるイノベーションを促進するホットスポッツムーブメントの創始者。『HotSpots』『Glow』『Living Strategy』など7冊の著作は、計20ヶ国語以上に翻訳されている。人事、組織活性化のエキスパートとして欧米、アジアのグローバル企業に対してアドバイスを行う。12年9月現在、シンガポール政府のヒューマンキャピタルアドバイザリーボードメンバー。TEDスピーカー。2人の息子の母親。©Noriko Maegawa

■『ワーク・シフト』http://str.president.co.jp/str/book/detail/BK002016/

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――なぜ何もしないままで未来を迎えてはいけないのでしょう?

グラットン教授:1990年代からテクノロジーが非常に大きな発展を遂げました。世界に住む数十億人が、通信手段の進展で、これまでにないほどの規模でつながっています。いまでは世界の誰とでもいつでも話をすることができ、グローバルな雇用や知的生産の市場が生まれています。テクノロジーの進化は、私たちの生活様式や働き方に大きな影響を与えています。人口構成が変化し、個人、家族、社会の価値観も大きく変わり、エネルギー問題や環境保護も私たちの将来を左右するでしょう。こうしたいま起きている変化には、マイナスの面もあります。最たるものは、グローバリゼーションの進展で取り残される人々増えていくことです。私たちは、いま、生き方、働き方を意識して変えなければ、産業革命以来ともいえる大きな変化の数々に押し流され続けるでしょう。

個人も、会社も、「未来は過去の延長線上にある」と考えて、これまでのやり方を変えずにやってゆくというわけにはいかないのです。今後、どのように生きていくかについて、人任せにするのではなく、自分で選択をしかなければ大きな変化の波には対応できません。主体的に行動を起こす人、組織は、そうあってほしい未来を自分たちで築くことができます。『ワーク・シフト』は、自分で答えを探し当てようとする人のために書きました。

――『ワーク・シフト』では、漠然と未来を迎えてしまい、時間に追われ、孤独で、貧困な人生に陥ってしまう人たちの話が生々しく描かれています。そうならないために、私たちはいま何をするべきですか?

3つのシフト(転換)が必要です。まず、「この世界で、自分に価値を付加するためにできることは何か」を考えてみてください。あなたが人よりうまくできること、人より夢中になれることはなんですか? これからはジェネラリストへの需要は激減します。なぜなら、浅い知識や分析は、テクノロジーが代替してくれるようになるからです。深い知識や高度な専門技能がなければ、仕事がなくなってしまいます。それも、ひとつの専門分野を持つだけでは十分ではないのです。ただし、ひとつの専門技能にこだわるあまり、広い視野を失うのもまたリスクです。専門分野に隣接する分野に移動するとか、新しい分野に挑戦するなどしながら複数の部門のスペシャリストになることが、あなたの価値を高め、選択肢を広げます。

第2のシフトは、他者とのネットワーク作りです。孤立した状態では、先に述べたような高度な専門知識は身に付きません。個人対個人で競争するのではなく、他者との共同作業を通じて真のイノベーションが生まれます。さまざまな新しいテクノロジーによって人々が結びつけば新たな機会が生まれ、会ったこともない人との間でビジネスが成立したりするようになるでしょう。一方で、インターネット環境が整えば整うほど、生身の人間との接点が減ってしまうというマイナス面もあります。自分がやすらぎを感じることのできる人間関係を持つことも大切なシフトです。本のなかではこれを「自己再生のコミュニティ」と呼んでいます。

第3のシフトは、働くことをどれだけお金を稼げるか、どれだけたくさんのものを買えるか、という「所得と消費」の面からのみとらえるのではなく、情熱や満足感を得られる経験を生み出す行為に変化させることです。「働いて稼ぎ、それで物を買って幸せを感じる」という「古い約束事」はもはや破綻しています。先進国は低成長下で、金儲けと消費だけを仕事の目的にすることができなくなっており、環境への配慮から、大量消費への逆風も強くなっています。私たちは、テクノロジーのイノベーションによって、働き方も働く場所も自分で選べるようになりました。生活の大半を仕事に吸いとられる必要はなくなったのです。これがいちばん難しいシフトかもしれませんが、消費による満足感は、長続きしないことがわかっています。

――「漫然と迎える未来」で紹介されているシミュレーションストーリーに、親が失業し、自分はハンバーガー屋でアルバイトをしながら暮らす若者の話が出てきます。グローバリゼーションの進展で、世界中の労働者と競争をする羽目になり、スキルがないので転職ができず、低賃金で暮らすという暗澹たる未来図です。これを「暗すぎる話」と受け取る人も多いのではないでしょうか。こうした「アンダークラス」(底辺層)の存在をどうしたらいいのでしょうか?

私もアンダークラスの問題を非常に心配しています。経済のグローバル化では必然的に「仕事の空洞化」現象が起きます。テクノロジーが進んだために、簡単にできてしまう仕事は賃金の低い国にどんどん移動し、ロボットやコンピューターがとってかわります。選択肢は、グローバル市場で通用し、アウトソースされないスキルを身につける人物になるか、あるいは美容師、ウェイトレス、老人の介護者といった、高齢化のすすむ都市で需要が高まるサービスに従事するかのどちらかになるでしょう。仕事の空洞化はこれからも続きます。

――打開策はないのでしょうか?

残念ながら、この流れを逆にするような要素は見当たりませんが、だからこそ教育に力を入れるべきです。また、単純作業をやっている人たちにも仕事の達成感を持てる社会にすることです。自分たちが社会に重要な貢献をしており、決して失敗者ではない、と思えるような価値観が持てなくてはなりません。富に過度に焦点を合わせた社会では、お金持ちでないことが「失敗した人」になってしまいます。お金や地位を過大評価することは、充実した経験がもたらす幸せを過小評価することにつながります。「働く」という行為で最も大切なのは、自分が意味があると思えることに従事し、それに対して喜びを感じることです。先に述べた、「3番目のシフト」です。消費を目的とするのではなく、お金以外の何かを生み出すことをもっと考えていかなくては。

――教育に力を入れるべきだとおっしゃいましたが、具体的にはどういうことが考えられますか?

多くの教育機関がテクノロジー環境の進展に十分に追いついていないと思います。私の息子の1人が2年前に大学に入りましたが、授業の話を聞くと、私が30年前に経験したものと瓜二つでした。教師が教室で一方通行的に講義を行い、情報は学外の人には概ね閉じられています。いまやネットで世界中の人がつながっています。アメリカのMITやハーバード大学の教育者たちは、講義内容をネットに載せ、誰でもこれを見ることができるようにしています。これから20年、30年で、このEラーニングはもっと一般的になって、私たちが学習するやり方を完全に変えてしまうと思います。ただ、教育機関はこうした変化への対応に苦労すると思います。というのも、過去20年で、企業は男女の雇用・昇進機会の平等化や柔軟な勤務時間の導入などをすすめてきましたが、少なくともイギリスの教育機関はそれに匹敵するほどの変化をしていないと思います。

(つづく)

※グラットン先生のウェブサイトから、毎月出るニュースレターに登録することができます(無料)。 http://www.lyndagratton.com/

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Twitterにて感想や考えたことを発表する“Social book reading with Chikirin”にて、『ワーク・シフト』を取り上げていただくことになりました。
日時:2012年10月6日(土)20:00〜22:00
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120816

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(小林恭子=インタビュー)