日誌画像

写真拡大

テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より

髪を切りに床屋に来た。店員と私が鏡越しに対峙する。二言三言、会話をしたのち、暇になった私は目を瞑った。さっき待ち時間に読んだマンガ「釣りバカ日誌」が脳裏に浮かぶ。
タイトルが今更ながら気になり始める。「釣り」「バカ」「日誌」……。バラバラになった3つの単語が頭の中を浮遊する。そして、そこから想像したものは、本来の作品とはだいぶ異なっていた。

私が想像した「釣りバカ日誌」。今回はそれをご覧いただこう。このようになる。



浜崎伝助(33歳)の日誌。ひらがなで埋め尽くされている。


読みにくいため誤字・脱字などを訂正したうえで、下に何日かの日誌を掲載する。


8月12日 天気 はれ

きょうはうみへつりにいった。おきのほうでは、にゅうどうぐもがわいていた。あのくものうみにつかっているぶぶんはどうなっているのだろう。みずのなかでとけてしまっているのではないだろうか。そんなことをかんがえたら、ぼくはつりどころではなくなって、すーさんがとめるのをふりきり、うみにとびこんだ。おきまでおよぎ、にゅうどうぐものしたはんぶんをたしかめるためだ。でも、とちゅうでたかなみにのまれ、いしきをうしなった。きがついたら、みちこさんとすーさんがぼくのかおをしんぱいそうにのぞきこんでいた。びょういんのべっどのうえだった。りょうしのひとがおぼれているぼくをみつけ、たすけてくれたらしい。らいねんのなつまでには、もっとおよぎがうまくなりたいとおもった。ほかのびょうしつから、しあいしゅうりょうをつげるこうしえんのさいれんのおとがきこえていた。


8月20日 天気 くもり 
きょうはしごとだった。ごぜんちゅうはねむくてしかたなかった。いちにちがぜんぶごごだったら、どんなにいいだろう。あさはやくつりにでかけるときだけ、ごぜんがあればじゅうぶんだとおもう。ひるごはんをたべたあと、かちょうととりひきさきへでかけた。かいぎしつでしょうだんがはじまると、ぼくはといれにいきたくなった。でも、かちょうから「おまえはいるだけでいい」といわれていたから、せきをたつわけにいかなかった。しばらくすると、みんながざわつきはじめた。そしてなにかにきづいたとりひきさきのひとたちが、まゆをひそめたり、あきれかえったかおをした。かちょうのぷれぜんが、きにいらなかったのだろうか。ぼくは、おしりがきもちわるく、ぱんつをぬぎたくてしかたなかった。どげざしているかちょうのせなかをみながら、はやくしょうだんがおわればいいのにとおもった。


9月2日 天気 はれ
きょうはみずうみへつりにいった。すーさんといっしょだ。つりいとをたらして、みなもをみつめていると、こころがおちついた。ぼくはこのじかんがすきだ。でも、それもながくはつづかなかった。ゆうらんせんがぼくらのまえをとおりすぎたとき、のっているひとたちが、わらいながらこっちにむかって、てをふったのだ。きっと、ばかにしているのだろう。ぼくはかちんときて、ちかくにあったいしをおもいきりほうりなげた。するとだれかにぶつかったらしく、おおさわぎになった。しばらくすると、おまわりさんがやってきて、いろいろきかれた。きゅうにこわくなったぼくは、ぜんぶ、すーさんのせいにして、そのばをにげだした。わるいようなきもしたけど、なんていったって、すーさんはしゃちょうだ。おまわりさんも、おおめにみてくれるだろう。そうおもったら、あしどりがかるくなった。えきまでのかえりみちは、いきよりもちかくかんじた。


「お客さん!襟足はこんな感じでよろしいですか?」
不意に大きな声がして我に返ると、何度も聞いていたのだろう。鏡を持った店員が、私の後ろで迷惑そうな顔をしていたのだった。



この記事の元ブログ: 私が想像した「釣りバカ日誌」