ボスニアのプレミアリーグは昨年秋、スタジアム周辺での乱闘、ピッチ内への乱入、発煙筒などの投げ込み事件が相次いだため、オシムさんが責任者をつとめているサッカー連盟は「アウェイ側サポーターの入場禁止」措置を導入。その効果が見られたとして、今年8月からの新シーズンは入場禁止措置を解除したばかり。


「(アウェイ側サポーター)入場禁止を解除したのが間違いだった。さまざまなクラブ関係者から(解除への)ロビー活動があり、それぞれサポーターの遠征時の行動に責任が持てるならばとの条件付きで解除した。だれが何をいった、いわない、などの論争はもうたくさんだ。だれか死なないうちに、対策を取らなければならない」と、オシムさんは語っています。


昨年の事件がおもにスタジアムの中で起こったため、各クラブは誘導路や観客席での警備には工夫をしたようですが、先週の乱闘・破壊行為はスタジアムの外、あるいは帰りの列車の中という「盲点」をついた形。しかも、かなり悪質な破壊・放火行為をともなっている。


オシムさんはため息をつく。「いったいなぜ、今の時期に、こうした愚行が連続しているのか、オレにはわからない。オレはそれほど賢くはないが、ひょっとしたら、間近に迫っている地方選挙(10月上旬に実施)の影響かもしれない」


せっかくボスニアのサッカー界全体の再建に向け、力を尽くしてきて、それが軌道に乗りかけたかとも思ったのに。このざまだ。アウェイ側サポーターの入場禁止措置を復活させるのは簡単だが、それだけで暴力がおさまるのかどうか。ワールドカップ予選で2連勝と快調な出足を見せている代表チームの試合(または周辺)で暴力行為が起こったら、即アウトになるだろう。いったい、これまで自分は何をしてきたのかーーそう考えると具合が悪くなりそうだというのも当然です。


そもそもオシムさんが会長代行(正確には、サッカー連盟正常化委員会座長)に就任したのは、2011年春にFIFA(国際サッカー連盟)とUEFA(欧州サッカー連盟)から、民族別に分かれているボスニア連盟の規約には問題があり、是正しなければ資格剥奪(ワールドカップ予選などを含む国際大会への出場禁止)との通告を受けたのがきっかけでした。


当時の連盟執行部は解散し、FIFAとUEFAの担当者を加え、「正常化委員会」が設置されたのが2011年4月。設定された最終期限が6月末と、あまり時間もなかったところ、各民族代表を説得し、なんとか合意にこぎつけ、2011/12年シーズンのチャンピオンズリーグ(予選)への出場、今年から始まったワールドカップ予選への出場権を確保。


あわせて、正常化委員会発足後に明らかになった前執行部の乱脈経理(元会長と経理部長は逮捕・有罪判決)、巨額の財政赤字などの難問にも取り組み、「連盟の仕事をしているとサッカーの試合を見るヒマがない」とブツブツ言いながらも、不自由な身体にむち打ちつつ、がんばってきたのにーー。


今回の暴力事件ばかりではない。FIFAの要望に添って、ボスニア連盟の規約は改定に成功したが、今年7月の総会では、各地方組織の規約改正案が否決され、ふたたびボスニアが資格停止(国際大会参加禁止)処分を受ける危険も高まっている。ボスニア連盟のトップ(オシムさん)は交代したが、地方組織の幹部は旧来からの居残り組で、民族指導者との力関係、経済的利権などのしがらみから逃れられない。


規約問題では「総論賛成、しかし各論反対」とばかりに、地方代表者たちは全国レベルでの改革には賛成しつつ、自分の利益にかかわる(妥協や譲歩をしなければならない)部分では頑固に現状維持の姿勢に固執した。ボスニアリーグの財政改善のために、1部リーグのチーム数を現在の16から2年後には12程度にスリム化する案も提案しているが、総会では圧倒的多数で否決されてしまった。


このままでは赤字が拡大し、FIFA/UEFA側からいつまた資格停止にされるかビクビク状態、時間の問題だともいえる。こういう民族間の折衝やら財政問題の解決やら、政治家がおこなうべき仕事はオシムさんには似合わない。しかし、いったん引き受けてしまったもの、途中で投げ出すわけにはいかない(本当に無理をしないでほしいものだと個人的には思うが)。


いったい、民族主義はやっかいなものだが、のぼせ上がっているときにはその害毒は感じられない。多くの場合、取り返しがつかなくなって、初めて後悔しはじめるが、その時には手遅れ。ただ、どんなタイミングでもメンツを捨てることができたら和解できるが、これも多くの場合、自分は正しいことをしたとか、個人の義務をはたしただけだとか正当化する。


ボスニアではつい十数年前まで数百万人の難民(避難民)、推定十数万人の死者を出した紛争(戦争)が続いていた。その害毒を忘れるはずはないのに、またもや民族主義がさまよい歩きだした。反省していないのか。懲りていないのか。オシムさんの心身の健康が本当に心配になってくる。


(日本では民族問題というより、領土問題という形を取って、ナショナリズムがアクチュアルな問題になっているので、この際、ボスニアや旧ユーゴスラビアの教訓を学んでほしいものだとつくづく思う。 千田)


PS. その後の報道によると、ボスニアサッカー連盟正常化委員会(オシム座長)は19日(水)に会合を開き、ボスニアリーグおよびボスニアカップのすべての試合に関して、もし何らかの違反が発生した場合にはただちに(期限はシーズン終了まで)アウェイ側サポーターの入場を禁止するとする条件的の方針を決定しました。あわせて、各クラブとともに関係機関にたいして適切な措置を取り、破壊行為/フーリガン的行動を阻止するよう協力を呼びかけました。