(画像:「ファミリー劇場」公式Webサイトより)
(c)NHK

「人形劇 三国志」がCS放送のファミリー劇場から下記の日程で放送されます。

2012年06月11日(月)スタート(月〜金 連日放映)
20:00 - 20:55 『#1 桃園の誓い』


NHKで1982年から84年まで足かけ3年に渡って放送され、川本喜八郎先生の人形美術で児童福祉文化奨励賞、テレビ大賞を受賞した本作。本物の火やコンピュータを使って、今までの人形劇の常識を打ち破った新趣向が取り入れられており、人形劇による大河ドラマとも言うべき不朽の名作がいよいよファミリー劇場に登場です。
●ストーリー
政治の腐敗と反乱、天変地異と飢きんにより天下が大いに乱れた2世紀末の中国。漢王朝の血をひく青年・劉備玄徳と義兄弟である関羽・張飛が曹操、孫堅といった英雄・豪傑を相手に、天下統一と漢王朝の再興を目指す物語です。
●番外編、孔明の死後の三国志について
「人形劇三国志」は全68話で終了しています。しかしながら孔明の死後も蜀は存在しています。それではその後、蜀はどうなったのか?を気になる方も(私を含め)少なからずいると思われます。

そこで「人形劇三国志」第69話以降として番外編をご紹介したいと思います。
●孔明亡き後の蜀を支えた人物
234年、孔明が死去した後、軍事面を支えたのは姜維でしたが内政面を支えたのは蒋琬、董允、費禕といった文官でした。

「人形劇三国志」においてはどうしても軍事面での活躍の方が目立ってしまい、内政面についての描写は多くは無かったと思われます。

※孔明も内政面より軍事面での活躍の方が目立っています。ちなみに「人形劇三国志」において、董允の父である董和は曹操へ援軍を要請に行く役割で登場していました。

しかしながら、孔明の死後、約30年あまり蜀が存続できたのは内政面を支えた文官の活躍にあったといっても過言ではありません。
●蒋琬、尚書令となり蜀の内政を支える!
蒋琬は劉備に仕官し、後に劉禅に仕えました。特に孔明には死後の後事を蒋琬に任せるというほどの信頼を得ていました。

孔明の死後、蒋琬は尚書令となり蜀の全ての国の恩賞・刑罰を蒋琬に決定させたようです。その後、蒋琬は孔明の北伐を実施するために計画を立てるも劉禅の指示により実行はなされませんでした。

蒋琬は孔明と比べると派手さは無かったものの、道理に従った公正な政治手腕によって人心を掌握していたと言えます。
●董允、劉禅に対して諫言する!
董允も派手な活躍はしていませんが、後宮を美女で満たしたいと願う劉禅を諌めたり、劉禅が宦官である黄皓を重用しようとしているのを阻止したりと地味ながらも蜀の崩壊を未然に防ぐ役割をしていました。

しかし246年には蒋琬・董允ともに逝去し、蜀の内政面は費禕一人に委ねられる事になったのです。
●費禕の隠れた活躍!
孔明の存命中、魏延と楊儀の仲を上手く調整出来たのは費禕が取り成したためと言われています。結果的に魏延と楊儀は相次いで失脚し死亡する事になりますが、これは費禕が魏延の謀反の現場まで間に合わなかったため生じた事であるとも言われます。

費禕は蒋琬・董允の死後、内政・軍事の両面を担っていましたが、費禕自身は内政を重視したため姜維の北伐再開には否定的でした。それもあって費禕が存命中の蜀は内政面については非常に安定していました。

しかしながら253年、費禕は宴席で泥酔していたところ、魏の降将である郭循に刺殺されます。これは費禕が簡単に人を信用し過ぎていたという事にも問題がありましたが、逆に言えばその性格があったため人望は高かったとも言えます。

費禕の死後、蜀の命運は姜維の双肩に委ねられる事となります。

番外編「人形劇 三国志」、次回もお楽しみっ。


【ライター:清水サーシャ】

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