「コンビニ新聞」編集長が語る - 『コンビニATM誕生物語』

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もはや社会のインフラとなっているといっても過言ではないコンビニエンスストア。

食品などの販売だけでなくさまざまなサービスを提供しています。

その中でも重要なサービスが「コンビニATM」。

いつでも使えるATMネットワークとして、多くの方に利用されています。

今回は、コンビニエンスストアの取材を24年間にわたって行ってきた著者が、”コンビニ専門家”から見た「コンビニATM」について、2回にわたり執筆します。

1990年代後半、バブルが崩壊した日本では、銀行の護送船団方式が終わりを告げ、銀行間の競争の時代がやってきました。

護送船団方式とは、戦後銀行は行政に守られていて「競争力が無くても破綻はさせない」という考え方です。

その安定時代から競争時代に。

銀行も経営効率や競争力が問われる時代になったわけです。

また、バブルの後遺症として、不良債権を多く抱えた銀行は規模の拡大やコスト削減など、経営効率が求められるようになりました。

都銀同士の統合が急速に進んだのもこの時代です。

メガバンクという言葉もこの頃流行りました。

そして銀行は合併とともに支店の統廃合も進めます。

今まで近隣にあった銀行の支店が同じ銀行になるケースも出てくるので、統合して支店数を減らしていくというのも、大きなコスト削減になります。

ただ、支店の統廃合を進めていくと、預金者にとって今まで近くにあった支店が遠くなり、不便になってしまいます。

支店自体は大きくなるのですが、拠点数が減る分リテール(小口金融業務)が弱くなり、預金者の銀行離れが懸念されました。

支店の統合によるコスト削減と預金者の利便性。

この2つを実現するために銀行は、「ハブ&スポーク」という政策を打ち出します。

「ハブ&スポーク」とは、統廃合により大きな1つの支店をつくり、その周りにATMを散りばめるという考え方です。

ATM利用の多くは現金の入出金ですから、頻繁に行なわれる入出金に対しては散りばめたATMを利用してもらう。

そう頻繁でない通帳記入やローン相談などは支店まで来てもらう。

その体制を確立することで、支店数の減少による不便さを極力小さくするという考え方です。

銀行の街中へのATM設置はさまざまな方法が考えられました。

例えばビルの1階などの狭小なスペースを借り切って、自社の「ATMコーナー」を作ったり、各施設などにもATMを置いたりと、それまで銀行の支店にあったATMは外に出て行くようになっていきます。

今でも街の中で「ATMコーナー」を見かけることがあると思いますが、この多くはその時の名残です。

また、この頃は現在のコンビニATMとは違ったかたちでコンビニにATMを置くケースも出てきます。

三井住友銀行はampmと提携を結び、全店に銀行においてあるATMと同じものを置き始めます。

これ以外にコンビニの1店単位で郵貯や銀行のATMを置くというケースも出てきます。

いまでもたまに、コンビニ店内の片隅に銀行所有のATMが置いてあるのを見かけるとこがありますが、これはその頃からものです。

コンビニでは以前から、「今後取扱ってほしいサービス」の第1位にATMが上がっていたので、コンビニとATMの融和性が高いという期待はありました。

ただ、コンビニはチェーンビジネスなので1店1店という単位ではなく何千店という単位で政策を進めるので、銀行に置いてあるようなフルスペック型のATMを全てのコンビニに置いていくのは、投資という点で限界があります。

ここでちょっとATMの機器について説明しておきます。

ATMは大きく分けて「フルスペック型」と「簡易型」の2つに分けられます。

銀行に設置してあるのがフルスペック型で通帳記入や硬貨の取扱いも可能です。