数々のコンテストで優勝を経験。「助け合いアプリ」の開発・運営を行う

ハイパー学生のアタマの中 Vol.14

大分大学 永田悠介さん

数々のビジネスコンテストで優勝し、起業した永田さんが目指すものとは?


■「自分が死んでも残るもの」を作って、日本に貢献し続けたい

小さいころから、証券会社で働く父親によく仕事の話を聞いていました。中でも、「起業して年商1億円を3年間続ければ上場させてやる。上場すれば創業者利益で500億円は手に入る」という話が印象に残っていて。「将来は日本に貢献する仕事がしたい」と漠然と考えていたので、それだけの額があれば何か面白いことができるんじゃないかと思っていました。また予備校の先生に、全国規模で経済学の実力を判定する試験“ERE(経済学検定)”で1位をとった方がいて、よく経済の仕組みについて話を聞かせてもらいましたね。そんな環境下で少しずつ、世の中で起こっていることの仕組み・面白さに興味を持つようになったんです。

起業を考え始めた原点には、「死にたくない」という気持ちがありました。当時は、死ぬということはパソコンの強制終了ボタンを押すことと同じだと思っていたんです。突然スイッチが切られて、それまでの人生が終了するようで、すごく怖かった。ただ、ふと「あと何十年かしたら、どうせ死ぬんだよな」と気づいた時に、一転して「生きる意味」がわからなくなったんです。「いずれ死んでしまうのに、頑張るなんて滑稽だ」と。いい会社に就職して、幸せな家庭を築き、好きな人たちに囲まれて最期の時を迎える…そんな「幸せ」に、どうしても価値が見いだせなかったんです。

それよりも、何かを「残す」ことの方が大事だと思いました。自分が死んでも何かを生み出し続けられたら、そっちの方が素晴らしいことだと考えるように。そして行き着いたのが、毎年、ノーベル賞受賞者を輩出し続けるベル研究所みたいな「基礎研究機関」の設立です。例えば、文明の科学技術力を月間数パーセントずつでも向上させることができれば、1年後、10年後、100年後には大きな技術革新につながるかもしれない。そして、そういった高度な技術革新を目指す研究を行うには数千億円規模の投資が必要だと思ったんです。そのためには起業しかないだろうと決意しました。

そんなときに、オンラインゲームのビジネスモデルを思いついたんです。携帯でアプリが動かせるようになった時に、いずれオンラインゲームが主流になると確信していました。このビジネスで起業しようと思い立ち、経済学部の必須科目に加えて、プログラミングを学ぼうと工学部のプログラミング学科の必須科目をすべて履修。さらに、土・日は院生向けの「技術経営(MOT)」の授業まで受けていました。

ところがある日、食堂で新聞を読んでいたら、僕が考えていたのとほぼ同じビジネスモデルを展開した企業のことが書いてありました。「やられた!」と唖然となって(笑)、そこで僕の野望はついえてしまったんです。

それ以降の大学生活は、一転して学生団体サークルに打ち込む日々。8つくらいの団体の代表を務めたり、もともと興味があったロボコンをやろうと、イチからサークルを立ち上げて、資金集めから一人で始めました。湧き上がる好奇心のままに活動していたので楽しかったですが、今考えると少しもったいないですよね、あんなに勉強していたのに。プログラミングだけでも続けておけばよかったと、ちょっと後悔しているんです。

大きな転機となったのは、大学3年の春に就活で東京に行ったこと。素晴らしすぎる環境に衝撃を受けました。あらゆるセミナーが毎日どこかしらで開催されていて、ちょっと参加すれば中身の濃い話が聞けます。「自分が伸びたいと思ったら、どこまででも伸びることができるんじゃないか」。そんなふうに思えて、ものすごく興奮しました。

当時は就活をしていましたが、エントリーシートを書く気がまったく起こらなかったんです。そもそも僕は、やりたいことには周囲も驚くほどの熱意で取り組めますが、やりたくないことは絶対にできない性格。その時点で、やっぱり自分には起業なんだなと考え直すように。だから、起業するために東京に出ようと決め、大学は4年で休学することにしたんです。

今、僕の会社で運営している「tetol(テトル)」というビジネスのプランは、東京に出てきてから参加した「東大アントレプレナーシップ論講座」で知りあった仲間が持っていたアイデアです。当時はまだリリースされていなかった「zaarly」というアメリカのビジネスをヒントにしています。学生をターゲットにした、労働力を取引する“助け合いビジネス”で、例えば「犬の散歩を○円で」「お皿を○円で洗ってほしい」などの情報をやりとりできる場をオンライン上で提供するんです。

最初にそのアイデアを聞いたとき、収益モデルに勝算を感じました。少なくとも、IT業界では一般的な“広告収入で支えるビジネスモデル”はもう頭打ちだと考えていたので、ちゃんと労働力を取引するという仕組みがあれば、違和感なくフィーを確保できるはずだと。そして、ちゃんと市場形成さえできれば、ネットオークションの労働力版みたいなかたちで浸透でき、定期的な収入につなげられるとイメージできたんです。

3カ月間の講座を受ける中でビジネスモデルを固め、最終的に賞を頂くことができました。講座修了後はあらゆるビジネスコンテストに応募。「GREE idea JAM 2011」や「TRIGGER2011」といった大きなコンテストで優勝することができましたし、そのほかいくつもの大会で高く評価していただきました。おかげで、「これでやっていこう!」と確信が持てましたね。


■「安請け合い」「二つ返事」のおかげで、猛スピードで成長できた!

ソーシャル助け合いアプリ「tetol」はリリース済みですが、まだスマートフォン向けアプリが完成できていません。当面の目標は、アプリを完成させ、アンドロイド、iPhoneの両方できちんと利用できるよう整えていくことです。すでに一部のNPOと組んで、地域の主婦や高齢者の方々に利用してもらおうといった話も進んでいます。学生だけでなく、子育てで忙しい主婦や高齢者の方々をサポートしながら、「買い物難民」などの社会問題の解決にも貢献できればと考えているんです。さらに、コンテストの賞金で学生向けのテスト対策サイト「webtest.jp」というサービスを購入したので、「tetol」と連動させながら、学生へのアプローチを強化していきたいと思います。

振り返ってみると、僕を成長させたのは「安請け合い」と「二つ返事」だったなあ…と思っています。「それ、俺がやっとく!」「任せて!」が口癖みたいになっていて、そうするとタスクが山積みになるんです。どうにかしてすべてをこなさないといけませんから、いかに効率を重視するかがおのずと鍛えられたように思います。また、1週間はかかりそうな作業でも、2日でこなさなくてはいけなくなったりすると、その2日間のアウトプットはすごいものがありますよね。そうやって自分に負荷をかけてきたことも、結果的には成長の糧になっているように感じています。

やっぱり、大事なのは自分の市場価値を上げること。リーマン・ブラザーズ証券が倒産した時、働いていた営業の人たちの多くが、すぐに転職先が決まったといいます。それって、彼らが優れたビジネスパーソンで、高い給料を払ってでも雇いたいと思われたからですよね。自分に置き換えてみても、20代の一番エネルギッシュに働ける時期に、誰にでもできる作業しかしていなかったら、そうはなれないと思うんです。

その点で言えば、どんなことも面白がって取り組んできた経験から、たとえ明日会社がつぶれても怖くないし、働き先がなくなっても自分で何とかできるはずだという気持ちでいるんです。やってきたことがそのまま、「俺はこれができる」という自信になっているから、「生きていく自信」も湧き出てくるんですよね。