日本たばこ産業(JT)が海の向こうで厳しい事態に直面している。大スポンサーへの配慮からかテレビは全く無視し、新聞各紙も地味な扱いだが、その内実は同社の命運を左右するほど深刻な問題だ。しかも、情報の夏枯れシーズンをあざ笑うかのようなダブルでの直撃なのである。

 まずは内戦の続く中東のシリア。JTは、アサド大統領の親戚に当たるマフルーフ一族が経営する企業などにたばこを不正輸出し、欧州連合(EU)が定めたシリア制裁に違反した疑いを持たれている。既にEU当局は、JTの海外子会社JTインターナショナル(スイス)への調査に着手した。平たく言うならアサド政権中枢への“密輸事件”だ。
 シリアといえば、日本人女性ジャーナリスト山本美香さんが、アサド政権の民兵集団から銃撃されて死亡したばかり。この事件とJTの密輸事件がリンクし合っているのだから厄介だ。

 EUと米国は、アサド政権による反体制派弾圧にマフルーフ一族が資金提供していると判断、昨年5月23日には関係者への金融制裁を課した。ところが、米紙ウォールストリート・ジャーナルなどの報道によると、JT側は4日後にマフルーフ一族が出資していることを知りながら、キプロスの業者経由でたばこ45万カートンを輸出。その直後には別のシリア国営企業に『ウィンストン』420万カートンを輸出している。
 その限りでは、JTとアサド政権がタッグを組んだ密輸事件のようだが、実態はもっと複雑だ。アサド大統領に直結するマフルーフ一族は、JT側から安く仕入れたたばこを国内や近隣諸国で販売することで「80億円以上の利益を得た可能性がある」(ウォールストリート紙)だけでなく、アサド政権がたばこを民兵集団への賃金代わりに与え、彼らがこれを売って生活の糧にしていた疑いも持たれている。つまり、汚れたJTマネーが凶弾に化け、山本さんが標的になったともいえるのだ。

 当のJTは「今年の2月以降、シリア向けたばこの販売を停止した。従って何ら違反行為はない」と主張しているが、JTウオッチャーは素っ気ない。
 「EUは既に去年の段階で、アサド大統領などに資産凍結、渡航禁止などの制裁を課している。ところがJTは今年の2月になってようやく決定に従うと決めており、対応が遅いのです。大きな商談を逃したくないという商魂が見え透いているのも、イメージダウンに直結する。これでEU制裁違反が白日の下になれば、JTはEU圏から締め出される。自業自得でしょう」