クラウゼヴィッツ
Carl Phillip Gottliebvon Clausewitz
1780〜1831 プロイセン王国(現ドイツ)の軍人・軍事学者。陸軍将校として、主にナポレオン率いるフランス国民軍との交戦経験をもとに『戦争論』草稿を執筆。没後の32年、夫人がこれを編纂し刊行した。(C.P.C.photo、Bridgeman Art Library/PANA=写真)

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一方の『戦争論』は一対一のパワーゲームを想定しているだけに、自分にとって何が重要なのか、そこに脇目も振らずに集中しておくことがいかに大切か、ということを繰り返し説いている。例えば、上司や同僚と抜き差しならぬ関係になったとき、大いに応用できる観点だ。

実は、『戦争論』にはそれ以上に大きな学びとなる指摘がある。

争いごとが起きたとき、ある程度頭のいい人たちがあれこれ考えても、出てくるアイデアはどれも似たり寄ったりになりがちだ。諸葛亮孔明のような智謀が湧き出るなど、まずありえない。

では、成果が出る人と出ない人はどこが違うのか。

それは、自分の思考を実行に移せたか否かに尽きる。『戦争論』が、将軍の実行力と、そのための勇気・信念を強調して止まないのは、頭の中で素晴らしい戦略を立てたとしても、実際に目の前で血しぶきが飛ぶ中でそれを実行するのがいかに困難であるかを承知しているからだ。クラウゼヴィッツはこの困難さを「摩擦」と呼ぶ。摩擦をいかに克服するかが勝負の分かれ目であり、怯んでいては絶対に成果は挙がらないと主張している。

思考・戦略と実行との間のギャップは、経営戦略論の中で常に問題点であり続けている。1950〜60年あたりにイゴール・アンゾフやアルフレッド・D・チャンドラーらがつくった経営戦略論の雛型では、要は頭のいい人が状況を分析して策定し、下の人にやらせるのが戦略だ、としたが、残念ながらうまくいかない。ヘンリー・ミンツバーグ氏らは「人間は機械ではない」「現場は状況がめまぐるしく変わる。戦略を策定しても、実行する段階で状況は変わっている」とこれを批判した。

こうした問題点が再認識でき、かつ乗り越えるための知恵の源泉となるという意味で、『戦争論』は非常に大きな力になると思う。ゼネラル・エレクトリック(GE)社のCEOを務めたジャック・ウェルチ氏は、『戦争論』をうまく活用したといわれている。ウェルチ氏はGE本社での経営立案を止め、個々の部署が目標を管理しつつ業務を進めるかたちに変え、成功した。トップ(思考)と現場(行動)の乖離という問題意識は『戦争論』と共通している。

もっとも、軍隊はトップダウンの組織なので、『戦争論』はこの問題を将軍の資質という点に集約している。抽象度を上げ、思考を実行に繋げていく指揮官一般の条件について書かれたものと考えれば、汎用性は高まるだろう。

経営戦略の中には、社員を信頼し、そこに備わった資質を育てようとする「性善説」と、社員を信用せず、管理を徹底して組織をまとめる「性悪説」の2つの対立が常にある。『孫子』には、出陣前に嫌がって泣く兵士にいかにやる気を出させ、組織として生き残るために「利害で釣る」「絶体絶命の窮地に陥れる」と述べるくだりがある。まさに不信を前提とした管理だ。一方、『戦争論』執筆当時のプロイセンでは「対外勢力に負けぬよう頑張ろう」という目的がある程度共有されていた。部下のやる気を信頼し、あてにできる状況が相応にあったのだ。

日本には基本的に性善説に立つ企業が多いが、グローバル化の最中にしばしば性悪説が取り沙汰されるのは、他民族・異文化の者同士が同じ職場で働く機会が増えたからだ。この場合、「悪」とは意図的に悪事を働くことというより、物事がこうなるべきだという考え方がお互いに異なるため、結果的に裏切られたと思わざるをえない状況が生じることだ。

この場合、人使いのノウハウには大きく分けて2つある。一つは『孫子』『戦争論』のように、ガチガチのルールと利害で部下を動かすやり方。もう一つは理念の植え込みだ。要はある種の洗脳で、部下を同じベクトルに無理やり合わせていく。グローバル化で成功する企業はこのどちらかに長けている場合が多い。今後、信頼と不信のバランスの中でどのような舵取りをしていくかが、日本企業の大きな問題になりそうだ。

(守屋 淳 構成=西川修一 撮影=若杉憲司 写真=C.P.C.photo、Bridgeman Art Library/PANA)