人事部証言「含み損社員になる人の共通点」【1】

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会社人生を大きく左右するのが、人事部の「閻魔帳」である。普段、顔を突き合わせることもまずない人事部の面々は、社員の“地獄行き”“極楽行き”をどうやって決めているのか?

■理念に行動が伴っていない社員

ワタミの人材開発グループ長の岡田武氏は、筆者の取材にこう切り出した。

「社員には、この会社は誰にとってもいい会社ではないと言っています。当社が何よりも大切にしているものは理念です。この理念に共感できる人でないと、ワタミの社員であり続けることは難しくなってくる。そのあたりが“境界線”になる」

その理念の一つが、社員の名刺にも記してある「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」だ。

同社はグループ全体で正社員が4000人を超え、非正社員は3万人ほどになる。これだけの規模に達すると、組織を束ねる求心力が必要になる。そこで創業者であり、会長の渡邉美樹氏が説く理念を様々な形で社員の意識に浸透させようとしている。

しかし、最近は渡邉氏の考えや発言などを頭では理解するものの、日々の職場でそれに伴った行動がとれない社員もいるという。

「理念を表面的にとらえてしまっている。現場では、何よりもお客様やスタッフへの気配りとコミュニケーションなどが大切。つまり、リーダーとして全人格が問われている。どんないい言葉を発していても行動が伴っていなければ、決して人はついてこない」(岡田氏)

人事評価でも、理念を体得できているかどうかが判断材料となる。新卒で正社員として入社すると、まずはグループの中核である「ワタミフードサービス」が運営する店舗や、「ワタミの介護」が運営する介護つき有料老人ホームなどに配属される。

賃金制度は、職務給となっている。例えば「ワタミフードサービス」では、入社1年目であっても、店長に昇格すればそれに応じた給与や賞与が与えられる。一方で、店長になることができない人は、たとえ5〜6年働こうとも、それに見合った待遇を得られない。

店長らを評価する評価基準は、大きく2つに分けられる。一つは、店舗の売り上げや利益などの目標を達成する「業績評価」。もう一つが「力量評価」だ。それぞれ50%の比率で5段階で評価される。

後者の「力量評価」が、同社の評価システムの特色である。コミュニケーション力や、問題を設定しそれを解決していく力などが評価項目となっている。ここでも、理念の体現者としてお客様から感謝されるような姿勢であったかどうかが重視されている。

「力量評価」には、“ワタミ流人事の妙”が隠されている。例えば、売り上げの多い競合店が近くにあるときは、一定の配慮がなされた評価が行われる。こうして、成果(業績)主義の導入を進めるために職務給にしながらも、日本企業の強みである“和”を保とうとしているのだ。

この選抜の仕方は、その後のステージでもおおむね同じである。例えば、DFC(ダイレクト・フランチャイズ=社内独立)制度を使い、独立して店舗を構えるときにも、関連会社などを含め経営幹部になる際にも、人事部が確認するのが「理念の体現者であるかどうか」だという。

ただ、会社の規模が大きくなると、新たな問題の発生も懸念される。

人事部がつくる考課とは異なる、好き嫌いなどの主観で部下を判断する管理職が現れる恐れがあるのだ。

大企業では、人事部員がすべての社員を直接評価することは困難だ。管理職の言い分の比重がおのずと高くなる。そこに、人事部が求めているものとズレが生じるのは宿命的といっていい。

同社は、この課題の克服のために管理職らの教育を徹底させている。教育人事企画チームの課長である山内一成氏は、「一人の管理職を直属上司が評価するだけではなく、その部下からの評価も実施し、参照するようにしている。これからも公平になる仕組みをつくりたい」と言う。

■上司は、あらかじめ結論を持っている

多くの大企業がこの人事評価の“二重基準”の問題を抱え込んでいる。かつてリクルートコスモス(現コスモスイニシア)で人事部長を務めた、コンサルタントの今野誠一氏はこう語る。

「7〜8割の管理職が日々、部下の日常を観察し、心の中で結論をあらかじめ持っている。例えば、この部下は自分の後継者に、あの部下はよその部署に出そうという具合に……。いざ査定をするときには、人事部から与えられた考課シートにその結論に沿って書くことが多い。この“二重基準”を避けるのは難しい」

正社員だけで3500人を超えるアサヒビールの人事部エグゼクティブプロデューサー、樋口祐司氏にその疑問をぶつけると、こう答えた。

「人事評価の二重基準の問題は防げないという前提で我々は動く。人事異動のときは、十数人の人事部員が手分けして全国の支社・海外のグループ会社などに出向き、社員の上司らと話し合い、職場の状況や社員の成長意欲などを確認する」

さらに、社内のセレクトで頭角を現す人材についてはこう語った。

「自分の核を持ち、それを磨くこと。さらにそれを武器にすること。そのうえでマネジメント力を強くしていくべき。まずは、いまの仕事ぶりが認められていないと、次のステージには進めない」

それは“T字型の人材”と呼ぶことができる。自らが取り組む現在の仕事で、他者を寄せつけないレベルまで力を発揮する。これが“T”の縦軸。管理職などに昇格し、部下や周囲を抱き込んでチームの業績を伸ばしていく力が横軸である。

同社は、人事戦略においていっそうの合理性を追求し始めた。「採用、育成、配置転換などを総合的に合理的に考えていかないといけない。それくらい厳しい時代になりつつある」(樋口氏)。

“人事の合理性”という言葉はここ数年、大企業人事部の役職者がよく口にする。その一つが、社内の人材を早期に選抜し、中核を成す“コア人材”を計画的に育成することである。

人事部は、2010年から人材育成プログラム「グローバル・チャレンジャーズ・プログラム」を始めた。同社の拠点がある中国やオーストラリアに半年間ほど滞在させる、いわば海外武者修行である。ところが、社内には海外に長期間滞在した経験のある人が少なかった。

これも多くの大企業に見られることである。事業戦略と人事戦略が必ずしも一致していないのだ。余剰人員などが生まれやすい一因がここにある。

だが、同社は他の大企業と比べて立て直しが早い。厳しいエントリー条件を設けず、意欲の高い社員の公募を早速行った。それには主に20代後半から30代後半の社員122人がエントリー。マーケティングを中心とした事業戦略などの研修を経て10人に絞った。このメンバーは、半年間、海外に滞在して事業戦略を立案する。

ここでも、選考のポイントは、“T字型の人材”だという。

「いまの職場で一定の成果を出して、上司から認められている人が望ましい。そこに独自の強みが加われば理想的。さらに、海外で通用するマネジメント力の資質を持っている人材であればなおいい」

このペースで育成を進め、海外で活躍できる人材を100人程度確保するのが目標。このコア人材は、将来は現地のマネジメント層になることが期待されている。

同社は、業績を評価する成果主義(管理職は部署の業績)を導入している。管理職は役割等級に応じた役割給を中心とした給与制度となっている。だが、最近はこの制度の“マイナーチェンジ”を考えているようだ。同社には、組織の一体感を大切にする社風がある。社員の定着率は高く、結束力は強い。

「現在の制度は、それ以前の年功給の要素を排除するなどの効果があった。しかし、人事異動により役割が変わることもあるため、当社では給与の変化がかえって人事の硬直化を招きかねない。むしろ、この風土の強みを生かしながら、競争力をより高めていきたい」(樋口氏)

実はこの考えこそが、日本の大企業の大半の思惑と一致している。つまり、業績に偏った評価は、日本企業の武器ともいえる“柔軟な職務構造”を、つまり、社員らのフレキシブルな動きやチームワークを破壊しかねないのだ。

この十数年、日本の企業では成果主義が浸透し、個々の実績が重視されてきた。それに伴い、一部の有識者は欧米流の職務給に進むことを提言した。しかし、歴史のある大企業はむしろそれを警戒していたといえる。

※すべて雑誌掲載当時

(ジャーナリスト 吉田典史=文 宇佐見利明=撮影)