誰かひとりでも幸せにできているか

仕事とは? Vol.80

放送作家、脚本家 小山薫堂

人気のゆるキャラ「くまモン」の生みの親・放送作家の小山氏に聞く仕事観


■テレビ番組をつくる仕事を「くだらない」と感じたこともある

「くまモン」の誕生にかかわることになったのは偶然なんです。2011年3月の九州新幹線開業をきっかけに地域を元気にしていこうというプロジェクトを熊本県が行っていましてね。僕もコンセプト作りからお手伝いしていて、プロジェクトのキャッチコピーのロゴデザインを友人のデザイナーにお願いしたら、彼がロゴのほかに熊のようなものを落書きしてきたんです。それを熊本県庁の方々に見せたら、皆さん最初はリアクションに困っていたのですが、プロジェクトに関係のない課の方たちが盛り上がってFAXの送付状などに使うようになって。じゃあ、PRキャラクターにして名前もつけましょうということで「くまモン」が生まれたんです。

「くまモン」は最初に関西でPR活動を行って名を知られるようになり、その後全国にキャンペーン展開しました。僕もアドバイスはしましたが、中心となって「くまモン」を盛り上げたのは、熊本県くまもとブランド推進課の方々です。先日あるパーティーでそのおひとりにお会いし、初対面のその方から帰り際に「手紙です」と封筒を手渡されました。それがものすごく分厚くて、少し重荷に感じながら「後で読みます」と受け取ったんですね。で、飛行機の中で開けてみたら、入っていたのは、なんと僕の著書『もったいない主義』そっくりに仕立てた本でした。

彼は僕の著書を読んでくれていて、その本には彼が僕から学んだことを「くまモン」の関西PRでどう実践したかが一冊にわたってつづられていました。それを「全部読んでください」というのではなく、あとがきに付箋が貼ってあり、「あとがきをまず読んで、もし興味を持ったら、第3章を読んでみてください。そこに小山さんから学んだことが書いてあります。あとは読まなくてもいいです」と。これは全部読まないわけにいかないでしょう(笑)。

「小山さんのために本を書きました」と渡されたら、封筒を開けなかったかもしれません。僕のところには自分の書いた本や脚本を「読んでください」という人がいっぱいきますから。でも、彼はどうすれば相手が読みたくなるかを一生懸命考えて、実際に読ませただけでなく、僕をニヤッとさせた。「やられた」と思いましたね。僕自身が仕事で大切にしているのも、こんなふうに誰かにサプライズを贈り、少し幸せな気持ちにすること。僕の本を読んでくれた彼が、そのことを心から理解してくれていることもすごいと感じました。

ただ、社会に出たら、自分の仕事が本当に誰かを幸せにしているのか、どう役立っているのか実感できなくなることもあります。特に組織やプロジェクトの規模が大きくなるほど、自分のやっていることの意味がわからなくなりがちです。僕も20代後半、放送作家としてテレビ番組の制作に次から次へとかかわるようになったころ、ふと「いい大人がこんなくだらないものをつくっていて意味があるんだろうか」と思ったことがあります。

旅にでも出て仕事について考え直そうと、友達を誘って北海道へ。行き先も決めずにレンタカーを走らせ、ふらりと入った銭湯でのことです。番台のテレビに、当時大人気だった『志村けんのだいじょうぶだぁ』という番組がかかっていて、幼い兄弟が椅子を奪い合いながらのめりこむように観ていたんです。その姿を見たときに、テレビの仕事を続けることにしました。その番組に僕自身はかかわっていなかったけれど、テレビ番組というものをこんなに楽しそうに観てくれている人がいる。僕がつくっている番組にしても、心待ちにしてくれる人がひとりでもいるのなら、それはすごく意味のあることだと気づいたんです。

今はテレビ以外にもいろいろな仕事をしていますが、根本は変わりません。世の中の人すべてを幸せにすることは難しいけれど、誰かひとりでも幸せにできているか、人にどう役立つのか。そこを突き詰めることが仕事だと思っています。


■誠意を持って全力で教わろうとする人には、全力で応えたい

学生時代、僕は詩人になりたかったんです。ところが、大学1年生の時に大学の先輩に誘われてラジオ局でアルバイトをすることになり、放送作家の長谷川勝士さんに出会って人生が動き始めました。長谷川さんは三宅裕司さんのラジオ番組を担当していたのですが、おふたりのニューヨーク取材に誘っていただいて。交通費は自腹でしたが、海外は初めてだったので、ここぞとばかりにバイト代をつぎ込み、喜んでついていきました。その旅行で三宅さんと仲良くなり、帰国後に三宅さんの番組の打ち上げにもぐりこんだんです。そこでプロデューサーの方から「君は誰?」と聞かれてしどろもどろになっていると、長谷川さんが「放送作家なんです。今度、三宅さんの番組を書かせようと思っています」と言ってくれた。そのときに、「あ、僕は放送作家になるのかな」と思ったんです。台本の書き方もよくわからなかったのに(笑)。

その後もいろいろな人に出会っては、自分に回ってきた仕事を大事にして今に至ります。だから、ビジョンのようなものは僕にはなくて、目標を立てるのも苦手。ただ、最近になって思うのは、偶然の出会いの中で自然といい方向に進んでいく能力だけはあった気がするんです。「偶然力」なんて僕は呼んでいるんですけど。

では、「偶然力」を磨くにはどうすればいいか。はっきり言って、僕にもわかりません(笑)。だけど、ひとつ言えるのは、人との出会いがチャンスだと気づくこと。積極的に人と出会おうという姿勢が大事だと思うんですよ。ただし、積極的すぎて、自己主張が強いと煙たがられます。そのあたりの機微は難しいところですが、接する相手のことを考えてコミュニケーションをするというのが基本かもしれませんね。

先輩がつい教えたくなるような「スキがある」というのもチャンスを引き寄せる要素だと思います。僕が大学で教えるようになったのもそうなのですが、年齢を重ねると、「自分が積み重ねてきたものを次世代に受け継ぎたい」という気持ちが出てくる人は多いものです。とはいえ、いくら大人でも「教わりたい」という気持ちが伝わってこない人に教えるのはめんどくさい。逆に、誠意を持って全力でぶつかってくる人には、こちらも全力で応えたくなります。

そういえば、この間、僕が教えている東北芸術工科大学の学生たちを山形で飲みに連れて行ったんですよ。その席で、ある男子学生が僕に「海外を1カ月放浪したいのですが、どの国がお勧めですか」とたずねたんです。聞けば、旅費として70万円用意していると言います。驚いて、「そんなにお金があるなら、銀座で一緒にワインを開けよう」と軽口をたたいたら、「小学生時代から貯めたお金なので、勘弁してください」という返事でした。その場は笑っておしまいになったのですが、数日後に彼から連絡があって「20万円ならなんとかしますから、銀座に連れて行ってください」と言うんです。

お金の問題ではありませんが、彼に20万円というのは相当な覚悟がないと出せない金額です。それでも、僕が大学時代のニューヨーク取材になけなしの貯金をつぎこんだように、彼も自分の知らない世界から何かを学ぼうとして連絡をくれた。当然ながら、人生の先輩としていい加減なことはできません。

その彼が、来週の金曜日に東京にくるんです。1次会から3次会まで、粒ぞろいのお店を予約してあります。20万円ですか? もちろん、預かりますよ。ただし、19万円9990円入った封筒を用意して、別れ際に渡すことに決めているんです。「10円は講師料としてもらうね」って言って。そのときに彼がどんな顔をするか、今、想像してはワクワクしています。うまく言えないんですけど、僕にとっては仕事も似たような感覚。受け取る人が驚く顔を想像するのが楽しくて、それがすべてだったりします。