テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より

NOVELIZE OR DIE 第十三回

私はかつて、アタック25に出場したことがある。
まだ児玉清氏が、存命の頃である。

いまとなっては遠い昔のように思える。
いや、無理矢理そう思い込もうとしているだけかもしれない。

私にとってそれは、決して幸福な体験ではなかった。
しかし忘れようとすればするほど、痛ましい記憶は一層の鮮明さを増して、私の脳裏に蘇る。ときには切ない、懐かしささえ伴ってー。




番組はすでに後半に差し掛かっていた。
この時点で私の「赤」は唯一1枚、ボードの右下に灯っているだけであった。

序盤に答えたたった一度の解答「ガンジス川」で得たパネルが、いまだ残っているのは幸運と言えるかもしれない。
しかし裏を返せば、それは私がとうに戦線を外れ、恐るるに足らない敵と見なされている証拠でもあった。

戦況は拮抗している。
私を除く緑、白、青の三色はほぼ同数でボードを埋め、張り詰めた緊張の中、会場は静かな熱気に包まれていた。

私の背後だけが、そら寒かった。
出場者紹介のときはどこよりも歓声をあげていた私の応援席は、まるで火葬場の待合室のような静けさと沈痛さに浸されていた。

会社の同僚たちがいた。親戚縁者がいた。最前列には六歳の息子と一歳の娘を抱いた妻が座っていた。
居たたまれない気まずさが、集中力を鈍らせた。
背中に突き刺さる氷点下の視線が、判断力を狂わせた。

その結果、私は問題の途中でボタンを押してしまった。
完全なる早とちりであった。

「…始皇帝」

苦し紛れに答えた直後、残念なメロディーが流れた。
アタックチャンスの一問前であった。

「大事な大事な、アタックチャ〜ンス!」

力強く拳を握りそう宣言する児玉清氏を、私は起立して眺めていた。
終盤もっとも重要な局面にあって、解答権を失った私だけが、蚊帳の外であった。

自信はおそらく、他の誰よりもあった。

自称クイズマニアの私は、毎週アタック25を欠かさず観ていた。
テレビの前に寝転がり五人目の解答者を気取っていたときは、かなりの頻度で優勝した。
自分の成績を誇らしげに妻に語りながら、番組中ほとんど解答できず、暗い表情で屈辱に耐える解答者を、同情と嘲笑の眼差しで見下していた。

それが未来の、自分の姿とも知らずに…。

アタックチャンスは白が取り、左上角をフリーに戻した。
次の問題は緑が取り、優勝争いはさらに混迷した。

席に戻った私はその後も解答できないまま、番組は大詰めを迎えた。
依然として消されないただ一枚の「赤」が、逆に恨めしく思えた。

残り僅かなパネルを巡る、熾烈な優勝争い。
戦況を解説する児玉清氏の声にも自然と力がこもる

「緑が答えればそのまま逃げ切りか、間に白が入れば逆転の可能性もある。青が入れば勝負はまだまだ分からない。さあ、赤もかんばれ!」

語尾の「がんばれ」だけが、空白の頭をループする。
白熱する会場のただ中で、私と私の応援席だけが、軌道を外れた人工衛星のように、暗闇の宇宙を彷徨っていた。

結局、最後の問題も答えられないまま、優勝は隣り席の緑に決まった。
最後に緑が入ったことで、ようやく私の「赤」がきれいに消滅したことだけが、唯一の救いであった。

興奮気味で優勝者に歩み寄る児玉清氏の姿が、視界の隅をかすめた直後、私は自らの感情をオフにした。
その後の海外旅行獲得クイズは、記憶にない。




番組収録後、控え室の私を迎えに来たのは妻と子供たちであった。
会社の同僚、親戚縁者は気を遣って先に帰ったのであろう。
明日の出社を思うと、死にたくなった。

「パパ…」
扉口に立った息子が、か細い声を上げた。
昨日の食卓の風景がまざまざと蘇る。

「おい、母さん。子供たちのパスポートはちゃんと用意してるんだろうな?」
「もう、お父さんったら、気が早いわよ」
「なあに分からんぞ。角さえ取れば自信はある。あとは運が味方につけば、来月は家族でヨーロッパ旅行だ」
「ふふ、期待してますよ」
「がんばれ!パパ!」

こみ上げるものを必死で堪えた。
我が子に涙は見せられなかった。

「ヨーロッパは熱海に変更だな」

そうおどけるのが、精一杯であった。


「パパ!あれを見て!」
帰路に向かう無言のタクシーで、突然息子がそう叫んだのは、自宅のある住宅街に差し掛かったときであった。

「赤だ!全部赤だよ!」
坂から見下ろす住宅街のすべての屋根が、夕陽で真っ赤に染まっていた。
ついに一枚も残らなかった赤のパネルが、街全体を埋め尽くしていた。

堪えていたものが、一気に溢れ出した。
パネルは取れなかったが、私にはこの子たちがいる。この家族こそが私の角だ。この角だけは一生守ってみせる!

にじんだ夕焼けを見つめながら、私は決意の拳を握りしめた。
その拳はアタックチャンスの児玉清氏のように、微かに、ゆっくりと揺れていた。



追記・児玉清氏が亡くなって以来、私はアタック25を観ていない。
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この記事の元ブログ: 「アタック25」をノベライズする