ずっと独身でいるつもり? (4) 「良妻賢母」の幻想

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私の周りの独身女性の口から、よく聞くセリフがあります。

「やっぱり、料理とかできないからダメなのかなぁ……」「掃除苦手だし、そういうところからもう結婚に向いてないのかも」そういうことを言う友達に対し私は「料理なんてクックパッド見てその通りに作ればなんとかなる!」「掃除はルンバ買えばいいじゃん!」などとげきを飛ばしてみるのですが、確かに自分も、同じことで落ち込むことはよくあります。

私は、掃除はわりと好きなのですが、料理がヘタです。

さすがにこのままではまずいと思い、一念発起して去年の秋ぐらいから、ホントにクックパッドとか料理レシピサイトとか見ながら料理にいそしんだりもしました。

まぁ、料理も掃除も、たとえ結婚しようがしまいが、できるに越したことはありません。

どちらも生活を豊かにすることですから。

でも、本当に「料理や掃除ができない」ことなんかが、結婚の妨げになっているのでしょうか?「結婚したいから、料理をがんばる」「結婚したいから、掃除をがんばる」などの、「良妻」になるための努力自体は、私は悪いものだとは思いません。

けれど、それってもともと苦手なものをがんばって克服しようとしてるわけですよね。

じゃあもし、あなたと付き合った男性が、苦手なことを何ひとつしようとせず、「変わろう」という努力をしない人だったら、どう思いますか? 私だったら、不満が爆発すると思うんですよね。

「私はここまでがんばったのに、あなたは何なのよ!?」って。

自分が「良妻」になろうと努力した分、相手にも「良い夫」の像を求め、そうなるように努力をしてほしいと、思ってしまいそうな気がするんです。

当たり前のことですが、結婚って生活だし、現実です。

自分ががんばってる姿を認め、ありがたがってくれる人と一緒になれれば、そりゃあいくらでもがんばれると思うけれど、自分にも欠点があるように、相手にも欠点がある。

「好きな相手のために何かしてあげたい」という気持ちは、良いものだと思いますが、「自分がこれだけしてるんだから、あなたもこれぐらいやってよ!」という状態になると、それは決していい状態だとは思えません。

「良妻」になる努力をするなら、あくまでも自分が楽しめる範囲で、がんばりすぎないこと。

そして、自分にも欠点があるのと同じように、相手にも欠点があることをおおらかに受け入れる気持ちを持つことのほうが、「徹底した良妻になる努力」よりも、ずっと大切なんじゃないかと思うのです。

イラスト: 野出木彩