ロンドンオリンピックの男子サッカーの3位決定戦・日韓戦で韓国選手が、島根県の竹島について「独島はわれわれの領土」と書かれたボードを掲げ、フィールドを駆け回った。このオリンピックの精神に著しく反する行為について作家の落合信彦氏が問題の本質を抉る。

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 周知の通りオリンピック憲章は競技会場での政治宣伝活動を一切認めていないし、竹島問題については韓国政府が間違った主張をしてきたことは明らかだ。しかし、今回の韓国選手の所業はそうした次元の話ではない。

 これは「品格」の問題だ。オリンピックには人間の品格と美しさがあるべきだ。理想主義かもしれないが、夢や理想なき現実を生きて何の意味があるのか。現実を直視しながらも、理想を忘れてはならない。

 今回のロンドンでも、美しいシーンはあった。試合に敗れた選手が勝者に握手とハグを求め、勝者は敗れた者の手を取って高々と天に向かって掲げるそんな場面が確かにあった。その光景は、韓国選手の幼稚な行為とは対照的に美しかった。高い精神性に基づいた人間の善は美しいものだ。逆に、敗れた相手を嘲笑うかのようなパフォーマンスは最も醜い。

 精神と肉体を極限まで鍛えたその道のエキスパートたちの美しいシーンを、韓国選手の自己中心的な行為が台無しにしてしまった。数年後、人々がロンドンの記憶として呼び起こすものがサッカーの3位決定戦後のパフォーマンスだとすれば、失われたものはあまりに大きい。

 スポーツは子供たちに夢を与える。だからこそ、選手は尊敬に値する品格あるロール・モデルでなくてはならないし、そうしたアスリートが純粋に競い合う場所がオリンピックでなくてはならない。

 IOC会長のロゲは厳正に処分すると表明した。当然のことだ。これはオリンピックの、スポーツの根源にかかわる問題である。

※SAPIO2012年9月19日号