3秒で効く「肯定的なウソ」の仕かけ−西田文郎

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能力開発研究室 サンリ
代表取締役会長 西田文郎
1949年生まれ。ビジネス界、スポーツ界におけるイメージトレーニングの第一人者。70年代から、大脳生理学と心理学を利用して脳の機能にアプローチする画期的なメソッド「スーパーブレイントレーニングシステム」を構築。日本の経営者、ビジネスマンの能力開発指導に多数携わり、その実績には定評がある。北京五輪では、金メダルを獲得した女子ソフトボールチームを指導した。

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景気低迷で暗いニュースが飛び交う中、ものごとがうまく運ばないと嘆いている人は多い。そんな人々に共通しているのは、うまくいかないことを他人や環境のせいにしていることだ。私はこのような考え方を「他責」と呼んでいる。

他責の人は何でも人のせいにすることで前向きな努力を放棄してしまい、事態を改善することができない。無意識のうちに責任転嫁し、守りに入ってしまっている。苦労を背負い込み、自分は苦労でがんじがらめになっていると錯覚している人である。

しかし、これは自分の錯覚にすぎない。人は肯定的錯覚と否定的錯覚のどちらかによって生きている。いつも否定的錯覚をしている人は「自分はだめかも」「できないかも」と思うことで現実逃避しようとする。

人間とは不思議なもので、否定的なことばかり口にしていると弱気な心ができ、それが脳にインプットされて、悪い予感が現実になってしまう。「無理かも」と脳に問いかけると、想像による条件づけで記憶してしまうのだ。

逆に肯定的錯覚をしている人は、常に前向きだ。とうてい無理だと思われることでも「自分ならできるかも」と肯定的に考える。すると、それが脳にインプットされて、いつの間にか実現できてしまう。小さな町工場だったホンダを「世界のホンダ」にした本田宗一郎や松下幸之助などは、超ポジティブ人間の最もよい例だ。

人間は生まれてきたときは、どんな人でも超ポジティブ思考だった。ハイハイしている赤ちゃんを思い浮かべてほしい。赤ちゃんは積極性のかたまりだ。消極的な赤ちゃんは見たことがない。何度ひっくり返っても「立つ」という目標をあきらめない。100回ひっくり返ったから「これは難しいかも」とあきらめる赤ちゃんはいない。どんなに苦しくても、最後には目標を達成する。人間は生まれたときには何でもできると思うプラス思考なのである。

だが、成長して大人になるにつれ、世間の常識にとらわれるようになり、脳に否定的な情報がインプットされるようになる。ちっぽけな常識の枠ができて、その中で判断するから自己防衛本能が出る。そして、否定的な脳が構築されてしまうのだ。

しかし、否定的な脳になって苦しんでいる人でも、簡単に変えることができる。それは脳と心のスイッチを切り替えることで可能だ。パソコンでいえば、否定的なソフトを肯定的なソフトに入れ替えればよいだけだ。

私は長年脳の研究をしてきた。とくに右脳(イメージ)と左脳(思考)を司る大脳新皮質の内側にある大脳辺縁系、いわゆる「感情脳」の存在に着目してきた。その結果、イメージや思考だけでは心をコントロールすることはできず、感情脳が人を動かすことがわかってきた。感情脳が「快」の状態にあれば肯定的な思考ができるようになる。

そのためには言葉とイメージ、そしてボディランゲージの3つが有効だ。

第一に肯定的な言葉を口に出してみること。言語中枢である左脳で「ありがたい」と言うと、連動している右脳でもそれをイメージできる。プラスの言葉はプラスのイメージトレーニングをやっているようなもので、それを先人は言霊(ことだま)と呼んだ。肯定的な言葉を口から発すると前向きな心ができる。

次にイメージ。私はスポーツ選手のメンタルトレーナーも長く続けているが、プロゴルファーだったら、パッティングのとき「入る」というイメージトレーニングを何度もする。まだボールが入る前から、肯定的なウソの記憶データを脳にインプットするのだ。

最後にボディランゲージ。嫌なことがあったら即座に忘れるようにする。そのための動作を自分でひとつ決めておくとよい。私の場合は「なし!」と言って指をパチンと鳴らしている。以前、元読売ジャイアンツの桑田真澄選手と会ったとき、打たれたら後ろを向いて「なし」と言葉に出していたと聞き、「さすがだな」と感心したことがあった。

これらの動作を実行することで嫌なことを忘れるという条件づけをする。すると、おもしろいように気持ちを否定から肯定に切り替えることができる。キリスト教の信者が胸の前で十字を切る動作をすることで、パッと気持ちを切り替えられるのと同じだ。そうすれば3秒で肯定的な「快」の状態に持っていくことができる。

感情脳は常に「快」か「不快」かに振れている。楽しいことがあったら快で、苦しいことがあったら不快になる。正常な人間は仕事をすると苦しいと感じるが、苦と楽は常に一対になっているから、苦しい仕事をすればするほど、その分反対側への振り幅も大きく、やり遂げたときには大きな達成感を得ることができる。苦しくない仕事をしていたら振り幅も小さく、本当の楽しさも味わえない。

マラソン選手がなぜ過酷なマラソンに何度も挑むかといえば、とても苦しいからである。苦しければ苦しいほど達成したときには喜びを味わえる。苦労を楽しむという錯覚をしているのだ。昔の人は「石の上にも3年」と言った。どんな仕事でも苦しい先には光が見えてくる。

ところが多くの人は苦労を嫌い、うまくいかないことを他責しているので、常に「不快」の状態にあっておもしろくない。仕事も上司に言われるからやるのであって、これは消極的自己犠牲にすぎず、一生懸命ではあっても本気ではない。本当に人生を楽しめるのは、積極的自己犠牲ができる本気の人だ。

一生懸命と本気の違いは、その大本に「愛」があるかどうかである。身近な例でいえば、お母さんは赤ちゃんが夜中に泣いても起きて世話をする。そこには愛があるからだ。でも、消極的自己犠牲によっていやいや世話をしていると、育児ノイローゼになってしまう。ビジネスマンも同じで、誰かひとりでも本気で愛する人がいれば、その人のためにがんばろうという気持ちになるはずだ。

現代人がかわいそうなのは、貧しかった昔と違って豊かになりすぎたため、強烈に愛する人を持ちにくくなったことだ。しかし、「自分には愛する人がいない」と思っている人でも、過去をじっくり振り返って思い出してみてほしい。妻子だけでなく、社会に出る前にお世話になった恩師、友達。亡くなった人でもいい。次々と名前を書き出してみる。その中から、この人だけは喜ばせたいという自分にとって本当に大切な人=「神様」をつくってみよう。

たったひとりでいい。その人を喜ばせたいと思うことが心の支えとなり、感情脳を揺さぶり、モチベーションにつながる。感謝の気持ちもうまれるだろう。男性の脳は女性に比べて幼く、優秀な経営者でも、子どものように愛する女性に精神的に支えられてきた人が多いのだ。

感情脳を「快」にして仕事のモチベーションを上げるには、出力から再入力するのも効果的だ。子どもが初めてプールに入って「怖い」と思ったとき、危ないからとその子をプールから上げてしまったら、その子は一生、水が怖くて泳ぐことから逃げてしまうだろう。だから再入力、つまり行動してみることだ。

行動の中でいちばんいいのは異性に惚れること。実は、これこそ最も感情脳を刺激し、モチベーションを上げる方法なのである。それができなければ、感情脳を動かすために、ジョギングをしたり、映画を見にいったり、コンサートに行くなど外出することも効果的である。

感情脳を刺激することで脳は「快」の状態になり、苦しい仕事も苦しいと思わず楽しめるようになる。

(能力開発研究室 サンリ 代表取締役会長 西田文郎 構成=中島 恵 撮影=矢木隆一)