いよいよリストラが正社員に波及、日本型経営に異変

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人員削減と大型投資を同時に行う企業が増えてきた。社員は企業の構造改革や戦略転換における駒の一つとみなされる傾向にある。経営者が戦略的な意思決定をするためには、人という経営資源のもつ複雑さを考える必要があると筆者は説く。

■日本の経営者の人材への考え方は変わってしまったのか

3年前、私は、このコラムで以下のような文章を書いた(>>2009年3月2日号)。

《企業業績が急激に悪化する中で、企業による素早い雇用調整が始まった。もちろん、バブル経済崩壊直後に比べれば、いまだ大規模ではないし、また、これを書いている時点では、雇用調整の主なターゲットは、派遣労働者、期間従業員など、いわゆる非正規労働力が中心だ。

ただ、正直にいえば、今回非正規雇用に手をつけるスピードと、その徹底ぶりについては、私自身も少し驚いている。そしてそこから受ける印象として、バブル経済崩壊からの回復過程で、わが国の経営者の人材とか雇用に関する考え方が少し変わってしまったのではないかという感覚がある。

(中略)

もちろん、これはあくまでも非正規労働者に対しての考え方であって、本当に守りたい存在である、正規従業員の場合は違うという主張も成り立つ。非正規労働力は需要変動に対応するためのバッファーであって、人的資本としての正規従業員の雇用は守り抜くという予想もできる。

本当にそうなのだろうか》

リーマンショック直後に企業が行っていたいわゆる「派遣切り」など、非正規社員の削減を目の当たりにしての感想だが、現在、今度は正社員がターゲットになっている多くのリストラを見ると、再びこの問いが頭をもたげてくるのである。

現在、規模はそれほど大きくはないが、人員削減を行っている企業は多い。実際、東京商工リサーチが毎年行う上場企業を対象にした調査によると、今年1月以降、6月7日現在で希望退職・早期退職者の募集を実施した主な上場企業は、具体内容が確認できたものだけで33社を数え、前年同期の31社に比べ2社増となっている。調査は、12年1月以降、希望退職、早期退職者募集の実施を開示し、具体的な内容が確認できたケースを抽出している。情報公開日で見ると、募集実施企業は4月が9社、5月が8社の2カ月間で半数の17社を占め、直近にきて増加の兆しを見せている。

予想されることだが、産業別で最も多かったのは電気機器の8社で、次に小売りの5社、情報・通信の3社、精密機械の3社である。

■ソニーは赤字なのにオリンパスへなぜ出資するのか

また今起こりつつある人員削減の特徴は、1つは中規模企業において早期退職者募集などの動きが活発化していることである。東京商工リサーチ調査でも報告されている事例としては、ホンダの子会社で、従業員2500人ほどのジャスダック上場企業八千代工業の700人規模の削減があり、そのほかにも2000人未満の企業で、全従業員の10〜20%を対象とした早期退職制度などの募集は5月以降増えてきた。だが中堅企業が多いことで、逆にマスコミでの報道は多くはない。

またもう一つの特徴が、以前と比較して、若年層までが早期退職の呼びかけの対象となることが多いことである。例えば、ベスト電器のケースでは、35歳から対象とされたと報道されている。バブル経済崩壊期ほど注目をあつめてはいないが、業績不振の多くの中堅企業が、対象を若手にまで広げながら、人員削減を深く静かに進めているという印象である。

ただ、同時に注目すべき動きも起こっている。例えば、今話題のオリンパスの資本提携である。報道によれば、これを書いている時点では、資本提携先としてソニーが有力だそうである。パナソニック、富士フイルム、テルモなどとの競合の中で、ソニーが約500億円を出資して筆頭株主になる見込みだという。

私は、この報道を聞いて、少々あれっと思った。ソニーって赤字でリストラ中じゃなかったんだっけ? そして、よくよく聞いてみると、ソニー以前に有力視されていた企業の一つが、パナソニックだという。

12年3月期決算で、パナソニックの連結最終赤字は約7700億円、ソニーの連結最終赤字は約4500億円だった。そのためパナソニックは本社約7000人の中からかなり多くの人員を削減するリストラを計画しているといわれており、ソニーもグループ全体で1万人近くを削減する計画を発表している。ソニーにしても、パナソニックにしても、多額の赤字を出し、人員削減を進めていこうとする中での、大きな投資なのである。同様のことが、電気機器大手を中心に多くの企業で起こっている。

別に人員削減と大きな投資とを両方同時に実行するのが悪いといっているわけではない。経営の中でそうした決定をしなくてはならない場面も出てこよう。またオリンパスとソニーの場合は、資本提携だから、理屈ではソニー自体の雇用には影響しないはずであり、オリンパスの雇用を間接的に支えるのみである。

ただ、意識しておかないとならないのは、企業経営の中で、縮小するところと拡大するところが明確に区別され、一方では人員削減を行い、もう一方では投資を行い、人を雇う。こうした戦略的な選択がこうした構造改革の背後にはあることである。

つまりこれらの企業は自社の雇用を守るという選択と、他社へ投資し、その事業に参加することで間接的にその会社の雇用を守るという選択とをバランスさせ、資源配分を決定したのである。自らの構造改革の中身として、自社における一定の雇用削減と、他社への投資を組み合わせるということが選択されているわけである。

米国で行われた研究によれば、米国では1980年代の不況を境目に、多くの企業が構造改革のために、縮小部門の人員削減と拡大部門での採用を同時に行うことが一般化したことがわかっている。上記のような事例を見ると、これに類する決断に対して、日本の企業が、以前よりも前向きになった感覚をもってしまうのである。

企業の構造改革には、しばしば「資源の再配分」が伴う。構造改革では、戦略の変化と事業の再編成に伴い、ある事業に投資した資金などを引き揚げ、他の事業に移動することが行われるのである。またある事業の人員を削減し、別の事業に移しかえることも多い。逆にこうしたアクションがなければ構造改革は進まない。そして人を含む資源の再配分においては、多様な資源の価値が比較され、最も企業にとって好ましい組み合わせが選択される。

だが、ここで重要なのは、こうした資源の再配分を決定し、実行する中で、お金に換算した価値は同じであったとしても、多面的な見方をすると、すべての資源は同等ではないということである。

例えば、経営学者ジェイ・バーニーの提唱したVRIOの枠組み(図参照)を用いれば、経営資源の価値は、その資源がそのビジネスでもつ経済価値(Value)、希少性(Rareness)、模倣可能性(Imitability)、資源組織化の程度(Organization)などで評価することができる。経済価値とは、顧客に価値を提供するビジネスモデル内のその資源の位置づけであり、模倣可能性とは、同レベルの資源人材をつくり上げるのにかかる時間と手間がどれだけかであり、希少性は、どれだけ外部(市場)から調達することが可能なのかに関する評価である。また組織化の度合いは、その資源と他の資源の関連の度合いがとどれだけ密接であり、資源間の相乗効果が高いかどうかである。人に置き換えると、スキルは同じでも、特定の人とタッグを組むと、すごいパフォーマンスが出るケースなどを考えれば理解しやすいかもしれない。

■心のマネジメント不足による「失われたマザー工場」

そして、こうした基準に立つと、人材は他の資源とは違うのである。単純な例をあげれば、調達可能性について、よい人材は、市場からそう簡単には調達できない。もちろん、違うから別扱いせよということでは必ずしもないが、再配分の意思決定にあたって、他の資源(例えば、カネやもの)より深く考える必要がある資源なのである。

さらに人的資源には多面性があることも重要である。なかでも重要なのは、人材というのは、単にスキルだけではない。心理的な側面まで含めて初めて人材であることだ。意欲や心意気、会社に対するコミットメントなどが伴って、人は企業にとって価値ある資源になるのである。やや文学的な表現になるが、人材は心をもった経営資源である点で他の資源と大きく異なる。

もちろん、こうしたことはよくわかっているという反論もあるだろう。日本企業は、これまで人を大切にする経営をしてきた。だから多くの企業では、そうした点であまり心配がない、という声も聞かれよう。人材のマネジメントについては、昔も今も同様の注意を払っていると怒られるかもしれない。

だが、今多くの製造業企業で問題になりつつある中国での状況を考えると、私は日本の企業といえども、人的資源の複雑性を考えて意思決定することの難しさを感じてしまうのである。それは「失われたマザー工場」の問題である。

ご存じのように製造業の多くの企業は、しばらく前から日本国内の工場をマザー工場として使いつつ、中国への生産移管を進めてきた。いうまでもなく、中国の安価な労働力が最も大きな誘因であった。

だが、現在中国の賃金は上昇しており、中国の安い賃金が競争力を維持する時間はそれほど長くないといわれている。それと同時にタイ、ベトナム、フィリピンなどのさらに賃金の低い国が台頭してきた。その次にはミャンマーなどがいる。当然日本企業としては、そこに進出することを考える。

そのときマザー工場になるのはどこか。もはや日本国内には教えることのできる人材は、残っていない。マザー工場というべき工場は国内には残っていないからである。したがって、中国工場をマザー工場として活用するしかない企業が多い。

では中国工場には、ベトナムなどにいって工場を立ち上げることのできる人材が育っているだろうか。私が訪問した企業では、技術面ではなんとかなるというところが何カ所かあった。努力の結果、一定の技術移転が行われ、少数ではあるが、人に教えるレベルの技術をもった人材が育っている。

だが、問題は、そうした中国人に、昔の日本人と同様に、家族と離れ、長期出張して、工場立ち上げまで頑張ることをどこまで期待できるかである。昔、日本の熟練工たちは、言葉もわからない環境に赴き、会社のために頑張ったのである。だから、中国工場は立派に立ち上がった。

つまり、多くの企業が、生産を中国に移転し、人的資源のシフトを行ったとき、企業が失ったのは技術だけではないのである。長年かけて培ってきた技術だけではなく、これも長年かけてつくりこんできた、会社のために頑張る従業員やコミットメントも同様に失ってしまった可能性が高い。そしてそれは必ずしも中国人のせいではなく、中国人従業員の心をきちんとマネジメントしてこなかったことが背景にある場合も多いだろう。回復にはかなりの時間がかかることが予想される。

今、人材という資源が、企業の構造改革や戦略転換における駒の一つになる傾向がある中で、経営者がこの資源のもつ複雑さを深く考えて戦略的な意思決定をしているか少し不安になるのである。

(一橋大学大学院商学研究科教授 守島基博=文)