「自己啓発書ガイド」の登場 -4-

[前回のあらすじ]自己啓発書をたくさん読む私、たくさん書く私、たくさん売る私。「成功」は自己啓発書市場の中で完結するようになった。その「自己完結モデル」はこれからも継続可能か。

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■TOPIC-4 自己活性化をはじめた啓発書市場

先にも述べましたが、近年は自己啓発書市場の活況をあてこんで、次々と似たようなタイトルの本が刊行されるようになっています。あるビジネス書の編集者は、これまでにない視点やフレーズを使ったヒット作が現われ、まだそこにニーズがある、つまり「二匹目のドジョウ」が狙えると思う感覚を「太い」と表現していました。もちろんこれはこの方だけの表現かもしれませんし、そういった「二匹目」以降を狙う編集者や書き手の方もいれば、そうでない「ブルーオーシャン」(?)を狙う方もいるでしょう。

いずれにせよここで大事なのは、半ば冗談であっても、実際のビジネスにおける新規市場開拓を表す「ブルーオーシャン」のような言葉が、自己啓発書市場にもほぼ当てはめて使えると思えてしまうことです。今までにない新しいアイデアによるヒットの創出、その模倣と陳腐化(がかなり進んでいるのが現状なので、実際は「レッドオーシャン」なのかもしれませんが、それでもなお)、さらに求められる新しいアイデア…。まさに現在の自己啓発書市場は、その拡大の結果として、実際のビジネスと何ら変わりのない、むしろその縮図とみなしうるようになったのです。

自己啓発書の書き手自身が、この啓発書市場への誘い役となっている場合も珍しくありません。先に紹介した土井英司さんは、自らが代表取締役となっている会社で「ベストセラークラブ」という出版コンサルティングを行っていますし、水野俊哉さんも出版セミナーをもっています。他にも、自己啓発書ベストセラーを書くための支援サービスは数多あります。むしろそちらが本業で、著作は宣伝媒体、というような人もいます。その一方で、編集者・ライターである漆原直行さんが『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』(マイナビ新書、2012)でも書かれているように、自己啓発書の著者になりたい、それによって「セルフブランディング」したい、と思っている人は現在それなりにいるようです。こうして、実際のビジネス上の成功と等価、もしくはそれ以上に価値のあるものとして、自己啓発書の出版と成功を夢見る「場」が生まれているのが昨今なのです。

『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』
漆原直行著/マイナビ新書/2012年

さて、ここで「ガイド」が自己啓発書市場に果たしている機能について、もう少し考えてみましょう。私が考えているのは、単純な話ですが、「ガイド」は市場の整備と活性化に役立っている、というものです。つまり、何が今読むに値するのか、何が「古典」なのか、誰が今勢いがあるのか、信頼できるのか、等々によって数多ある自己啓発書の整理を行い、その歴史と現状理解の双方を創り出しているのが「ガイド」というジャンルだ、ということです。

たとえばデール・カーネギーやナポレオン・ヒルはともかくとして、邦訳されて15年ほどに過ぎない(冷静にみればそうです)、コヴィーの『7つの習慣』はどの「ガイド」でも必ずとりあげられる「現代の古典」に早くもなっています。そして、出版からいくばくも経たない書籍が、こうした「古典」が居並ぶ道の先に置かれていくのです。

『7つの習慣 成功には原則があった!』
スティーブン・R. コヴィー著/キングベアー出版/2011年

整理すると、次々と生み出される自己啓発書の位置づけを可視化し、歴史として積み重ね、またそれを書き換え続け、果ては今後までを展望していくメディア――再び意地悪な見方をすれば、それらが概してビジネス書を手がける版元から出されていることを考えると、マッチポンプの役割を担うメディア――それが「自己啓発書ガイド」だと考えられるのです。

■「自己啓発書ブーム」批評の登場

と、このような観察が可能になったのは、概してここ10年くらいのことであるように思われます。出版不況とその一方での自己啓発書の活況、ヒットを追って模倣作が次々と生まれる状況、さらなるアイデアが求められる状況、こうした自己啓発市場での成功を夢見る出版社や書き手の新規参入が陸続する状況、そして市場の自己活性化すら起こっている状況。

最後の点は、市場が既に飽和に近付いていることを示す徴候かもしれません。ただ、今挙げたような諸状況は自己啓発書の送り手(書き手、編集者および出版社、書店、出版支援サービスなど)が相互に絡み合った「ルーティン」になりつつあります。そのため、市場が仮に飽和したとしても、すぐに状況が変わるということにはならないでしょう。そういう意味で、まだ幾分かは「自己啓発書ブーム」は継続するように思われます。

近年、このような自己啓発書市場について、一定の距離を置いて観察・批評しようという著作が現われ始めています。先に紹介した拙著『自己啓発の時代』もそうですが、1960年代を中心に「ビジネス書」という書籍ジャンルが成立した時期の代表的著作を分析した川上恒雄『ビジネス書と日本人』(PHP、2012)、ビジネス書の著者・出版社・フォロワーたちのさまざまな「思惑」を暴露した先述の漆原直行『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』、自己啓発書の「極端さ」を次から次へと斬り伏せていく勢古浩爾『ビジネス書大バカ事典』(三五館、2010)などが現時点での例といえるでしょう。

『自己啓発の時代』
牧野智和著/勁草書房/2012年

『ビジネス書と日本人』
川上恒雄著/PHP研究所/2012年

『ビジネス書大バカ事典』
勢古浩爾著/三五館/2010年

つまり、自己啓発書が何だか売れている、ネット上でも自己啓発的な文言が散見される、そんな状況って何だろうという立場からの知見が提出され始めているわけです。これらはまだ端緒についたばかりの試みだといえます。とはいえ、ここにそんなに「太い」鉱脈があるかどうかは分からないのですが。ただ少なくとも、今私たちが生きている世の中について考えるための、手がかりを生みだす試みにはなると思っています。本連載も、そのような試みの一つです。

さて、これで初回(「自己啓発書ガイド」の登場)は終了です。どのような感想をもたれたでしょうか。忌憚のないご意見・ご批判あるいは情報提供等、いただければ幸いです。次回は、自己啓発書の最も根本的な「取り扱い対象」である、「心」に焦点を当ててみたいと思います。

(牧野 智和=文)