何事も肯定型で思考力をアップ−知識のゴミを捨てれば、答えは見える【4】

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素晴らしいアイデアを考えついたかと思えば、混乱して思考停止状態になってしまう頭のなか。しかし、どのように物事を考えているのか、そのメカニズムについて私たちはあまり関心を抱いてこなかったように思える。それだけに科学的に立証された脳の仕組みを知ることで、的確な判断をくだす思考法のヒントを与えてくれそうな気がしてくる。

北京オリンピックの競泳日本代表チームに招かれて「勝つための脳」に関する講義・指導を行い、北島康介選手のアテネオリンピックに続く100メートル・200メートル平泳ぎ金メダル獲得など輝かしい結果に大きく貢献した日本大学大学院総合科学研究科の林成之教授は、脳神経外科医として長年にわたって研究を積み重ねてきた脳の仕組みを次のように説明する(図参照)。

「脳に入ってきた情報はまず『大脳皮質神経細胞』で認識され、次に『A10神経群』と呼ばれる部分に到達します。ここで『好きだ』『嫌いだ』といった感情が生まれ、その感情がレッテルとして情報に張られます。次に情報を理解・判断する『前頭前野』へ入っていき、自分に対してプラスの情報であれば『自己報酬神経群』へ持ち込まれます。そして、自分にとって価値の高いものにするために『線条体―基底核―視床』『海馬回・リンビック』へと進んでいきます。A10神経群から海馬回・リンビックまでの神経群を『ダイナミック・センターコア』といって、このなかを情報がぐるぐる回りながら、人間は思考しているのです」

私たちの脳のなかでは、実に複雑な思考システムが機能しているわけだ。しかし、驚いてばかりはいられない。林教授は思考力を高めるための重要なポイントを伝授する。それは、各神経群の機能を守るために生まれてきた「本能」の働きと、それを脳にとってプラスに作用させる「習慣」についてである。

まず、A10神経群について林教授は、「自分を守りたいという自己保存の本能が基盤になっています。たとえばテストで悪い点数をとると、自分を守るために『こんな点数は覚えておきたくない』『この科目は嫌いだ』というように好き嫌いが決められます。そこで『もうダメだ』『もう無理だ』と思うと、脳の“否定語”として作用して、脳の思考力をダウンさせてしまいます。つまり、何事も否定的にとらえないことが、脳にとって“いい習慣”になるのです」と語る。

次の前頭前野で物事を理解して「正しいか」「正しくないか」を判断する基盤になっている本能が「統一・一貫性」である。私たちが「筋の通らないものはダメ」と判断するのは、すべてこの統一・一貫性が基盤になっているから。それゆえ、その理由を問われても「いいものはいい」「悪いものは悪い」としか答えようがない。実はそうした統一・一貫性を活用することで集中力を高められるという。

「仕事をしていれば、嫌なことでも考えなくてはいけないことが当然出てくるでしょう。そのときに大切なのは『環境の統一・一貫性』を保ってあげることです。つまり、自分の脳がよく働く一定の環境をつくってあげる。その環境のことを私は“マイゾーン”と呼んでいます。それはトイレのなかだったり、蒲団に入って目を閉じた状態だったり、人によってさまざまでしょう。しかし、マイゾーンに入っていると、集中力が高まって考え続けることができるようになります」

もちろん、オフィスに自分専用の個室がなくても一向に構わない。デスクの周りを整理して、目に入るものは考えるのに必要な資料だけという状態に保つだけでも、マイゾーンをつくることは十分に可能なのだ。そして次第に隣で同僚が電話をしていても気にならなくなり、ダイナミック・センターコアのなかで思考を巡らせるようになっていく。

さらに次の自己報酬神経群だが、文字通り自分に対する報酬が与えられることによって機能する神経群である。では、脳にとっての報酬とは何だろう。「人間には生まれながらにして持った『仲間になりたい』という本能があって、脳に『人が喜ぶことが自分にとってもうれしい』と感じさせます。つまり、貢献心が満たされるときに『自分にとっての報酬』ととらえ、『自分でやってやる』という欲望へつながっているのです」と林教授は語る。

何かトラブルに巻き込まれて「嫌だな」「面倒だな」と感じた途端に思考力が低下し、解決策を見出せなくなる。逆に「このトラブルを解決することでお客さまや会社の仲間を助けることができる」と肯定型でとらえられれば、「このオレが最高の解決策を出すのだ」というモチベーションが生まれてくる。

また林教授は、「自己報酬神経群は『もうできた』『もう終わりだ』と思った瞬間に、モチベーションを低下させる機能があるので注意してください」と注意を促す。「だいたできた」と感じることで、無意識のうちに思考することをやめてしまうからである。

「それを防ぐのには、目標達成の仕方にこだわったらいい。日本代表チームの水泳選手も『そろそろゴールだ』と思った途端にスピードが落ちます。そこで私は、勝ち方に勝負をかけるように彼らを指導しました。すると北島選手たちは『残り10メートルは日本中の人が感動するような勝ち方をする』といって、見事な結果へつなげてくれたのです」

それなら同じ売り上げ目標の金額を達成するのでも、目標まであと1割のところまできて後は流して終わりにするのではなく、ほかの人が売れずに困っている製品を売ることにこだわってみたらどうか。その売り方のコツを掴んでオープンにしてあげれば、組織全体の売り上げアップへつながって皆から感謝されるだろう。そして何よりも、自分自身の達成感が向上するはずである。

金融、武道、失敗学、脳神経外科というよって立つ分野の違いはあっても、マイナス状況に直面した際、それに背を向けたり怯んだりすると、人間の思考力がダウンしてしまうことを指摘している点では共通している。何かと閉塞感が漂う世の中であるが、ここは一つ気持ちを前向きに切り替えて、思考力をアップさせてみてはいかがだろう。

※すべて雑誌掲載当時

(伊藤博之=文 南雲一男・熊谷武二・坂井 和・小倉和徳=撮影)