テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より

NOVELIZE OR DIE 第十二回

その夜、アリゾナ州に住むトンプソン氏は、知人のホームパーティーから帰路につく途中、フロントガラスの向こうに謎の発光体を認めた。
道は広大な乾燥地帯を真っ直ぐに伸びる一本道で、周囲に明かりはない。雲の掛かった夜空にはいくつかの星も見えるが、その光は明らかに星の瞬きとは違い、左右に震えながらこちらに向かって来るように見える。

トンプソン氏は思わず助手席で眠っていた妻を揺り起こし、発光体を指差した。

「見ろ!キャシー、UFOだ!」

目を覚ましたキャシー夫人が寝惚け眼を向けたとき、光はすでに目前に迫っていた。
キャッシー夫人が悲鳴を上げた。トンプソン氏が目を見開いた。
まばゆい光はフロントガラスいっぱいに広がり、視界が白く包まれた。

ふたりは意識を失った。


気がつくとふたりは殺風景な部屋にいた。
部屋には折りたたみ式の長机が四角く並べられており、いくつかあるパイプ椅子のふたつに夫妻は腰掛けていた。
いったいなにが起こったのか分からず、お互い顔を見合わせたとき、扉がノックされた。
心臓が凍り付きそうなほどの恐怖に震え上がり、ふたりは抱き合った。

扉がいきおいよく開いた。
宇宙人ではなかった。小柄なアジア人が明るい声を上げた。

「そろそろ本番でーす!」

小柄なアジア人の案内で通路を歩きながら、トンプソン氏は不思議に思った。

なぜ、私は彼の言葉が分かるのだろう?
彼の言葉はおそらく日本語であろう。以前テレビで聴いた日本人のイントネーションはたしかこんな感じだった。だが私は日本語を習ったことがなければ、日本人と話したことすらない。なのに彼の言葉はまるで空気中で翻訳されたかのように、素直に耳に届く…。

振り返ると怯えながらついてくるキャシー夫人が、同意するように頷いた。

案内された場所はさまざな機材が置かれた薄暗いスペースで、ここで待機するよう指示された。
男の低姿勢から命まで取られることはないだろうと判断したトンプソン氏は、キャシー夫人の手を固く握り、つぶやいた。ーNo Problemー

突然、大音量で間延びした、どこか甘ったるいメロディーが流れ出した。
音楽が止み、先ほどとは違う男の日本語が聞こえた。ふたりの耳に届いた言葉は次のように翻訳されていた。

「新婚さ〜ん、いらっしゃ〜い!」





小柄な男に促されベニヤ板の入り口を抜けると、大勢の観客がトンプソン夫妻を拍手で迎えた。
舞台中央にしつらえた応接セットの対面には、若づくりはしているが六十歳は越えているであろう壮年の男性と、こちらも歳のわりに妙に幼く見える中年女性が、薄笑いを浮かべ粘っこい視線を向けている。

しかし次々に起こる怪現象よりも、なによりトンプソン氏を驚かせたのは、自分たちが新婚であることを、この司会者らしきふたりが承知していることだった。

壮年の男性が氏名と年齢をたずねる。
向こうの日本語が伝わるように、こちらの英語も伝わるだろうと、夫妻は質問に応じた。
会場が驚きの混じった失笑に包まれた。
その失笑の理由がふたりの年齢差にあることを、トンプソン氏は敏感に感じ取った。


トンプソン氏は現在64歳。昨年婚姻を結んだキャシー夫人は21歳。なるほど世間的に見れば好奇の対象となるのも仕方ないことであろう。

だが氏にも言い分はある。20年前事故で先妻を失った氏は、血のにじむような努力でやせた土地をいまの大農場に変え、男手ひとつで三人の息子を育て上げた。残りの余生をどう過ごそうと私の勝手ではないか。

たしかにキャシーはもと安酒場の女給であった。育ちも決してよいとは言えないし下品なジョークにも大声で笑う。しかし彼女のそんな自由奔放さが、真面目ひと筋に生きてきた私には眩しかった。

周囲の噂は自然と耳に入ってくる。
色ボケ爺さん、財産目当ての女狐、独立した息子たちでさえ、いまの妻とは会おうとしない。だが私は覚悟している。私は残りの人生を賭けて、他に身寄りのない彼女を立派なレディーに育て上げる。それが私の「純愛」なのだ…。


トンプソン氏はそんな自らの想いを蕩々と語った。
相手が見知らぬ日本人であることが、逆に心を解放したのかもしれない。
普段は胸にしまった感情がとめどなく溢れるようだった。

ところが、トンプソン氏の熱弁を、司会者らしきふたりは興味なさそうに聞き流した。
適当な相づちを打ったあと体を夫人に向け、矢継ぎ早に質問を投げかけた。

質問の大半は、性生活にまつわる詳細であった。

もともと性に対して奔放な夫人は、平然とした口調で寝室でのエピソードを披露した。
はじめて契った夜のお粗末な失敗談、一週間における営みの回数、その際の手順と技巧について、そして満足度、話が弾むうち話題は氏のマゾヒスティックな性癖、幼児的なプレイ内容にまで及んだ。

会場は爆笑に包まれた。

夫人の口から際どい言葉が飛び出すたび、司会の男性は椅子ごと転げ落ち、女性がその椅子をもとの位置に戻した。同じ行為が繰り返されるたびに、笑いは増幅された。

これ以上ない羞恥に身を硬直させながらも、その奥底に微かな快楽の灯が揺らめくのをトンプソン氏は感じた。
四十も歳の離れた幼妻に自らの性癖を暴露され、それが会場全体に割れんばかりの爆笑を巻き起こしている。

しかも相手は全員敗戦国のジャップどもだ…。

屈辱は反転したプライドに変わり、マゾヒスティックな快感が体の内側を逆撫でした。
宙を漂うような陶酔に咽を反らし、口臭混じりの吐息を漏らしたときだった。
スタジオの照明が眼球を射抜いた。

遠ざかる爆笑のなか、視界が白く包まれた。





フロントガラスの向こうに遠ざかる発光体を眺めながら、トンプソン氏の意識はまだ朦朧としていた。
頭を助手席に向けると、キャシー夫人もまだ呆然と前方を見つめていた。

ようやく我に返った夫人と向き合い、お互い夢ではなかったことを確認した。

「アレ、なにかしら?」

視線をそらせた夫人がダッシュボードを指差した。
見るとそこには明らかに先ほどまではなかった、奇妙な物体が置いてあった。

石鹸よりひとまわり大きく、表面にはびっしりと茶色い棘が生えている。
アメリカ人のトンプソン夫妻がはじめて見るそれは、





















たわし、だった。


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この記事の元ブログ: 「新婚さんいらっしゃい」をノベライズする