廃業する東京レトロ銭湯に入って別れを惜しむ

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銭湯は日々減っている。入浴は日本人にとっての生活の中での大事な時間のひとつですが、風呂付住宅があたりまえとなった現在では銭湯を利用する客も激減、また、燃料費高騰、施設設備の老朽化、経営者の高齢化など様々な理由が重なって、銭湯は加速度的に減り続けている。
現在も毎日のように廃業が続いているといい、東京でも一週間に一軒の割合で廃業する銭湯があるといわれている。
銭湯はそのローカルな存在ゆえに廃業もその地域の利用者にしか知らされず、告知もだいたい小さな貼り紙1枚が2週間くらい前に貼りだされるといったケースが多いのです。
そんな中で情報もあまくり無く、やめてしまってから知る事も多い。
銭湯文化を楽しむために銭湯巡りをしている者としては気が焦る一方であり、廃業との追いかけっこといった感が否めない。

そんな中で東京の古き良き銭湯がまた一軒廃業した。
東京都墨田区の銭湯「曳舟湯」である。
昭和7年創業の曳舟湯は6月17日をもって営業を終了、80年の歴史を閉じてしまいました。
過去にも訪れている同湯、再開発地域に含まれているという事は聞いていて気になっていましたが遂に廃業との事で、今回はその銭湯の最後の営業をレポートしたいと思います。

鉄道を乗り継いで東武線の曳舟駅へ。
この辺りも訪れる度に街並みが変わってゆきます。
閉まっている駅ビルを通り抜け、新しく小綺麗になった駅前を通り京成電鉄の小さな踏切を越えると急に古い街並みになります。
あたりには古いお豆腐屋やパン屋が並ぶ昔ながらの街並み。
そんな路地を抜けた突き当たりに曳舟湯があります。

黒瓦の載る屋根の軒には縣魚が下がる昔ながらの銭湯です。
入口の左右に続く塀も瓦の載った立派な佇まい。
傍らには廃業する旨の貼り紙が貼られています。

道路からは三段ほど上った所に入口があり、左右男女の下足スペース、正面番台裏の壁は青白市松模様のタイルになっています。
左手が男湯入口。
ガラス戸を開けて中へ入り、番台のご主人に入浴料金を支払います。
脱衣場は高い折り上げ付きの格天井。
広い板の間の脱衣場には外壁側と中央にロッカーが置かれています。
入口側ガラス戸外の濡れ縁の向こうには坪庭があり、水を張った池には魚が泳いでいるのが見えます。
池の傍らには樹が植えられていて、小型の石灯籠も置かれている昔ながらの銭湯のお庭かありました。

支度をして浴室へ。
高い二段の天井、奥壁側に深浅の二浴槽の伝統的東京銭湯。
正面の奥壁には富士山のペンキ絵があります。
この富士山のペンキ絵ですが、他の銭湯で見る富士山のペンキ絵とは少し印象が違う。

というのもこの絵は以前の記事、「テルマエ・トーキョー」でもご紹介したのですが、アメリカ映画「ワイルドスピード×3 TOKYO DRIFT」の撮影でのワンシーンのために撮影美術スタッフによって描かれた富士山なのです。
やはり銭湯絵師の作品と比べると浴室との空間との一体感や広がりがイマイチのように感じられます。
カラン列は両壁側と島中央にカランが並んでいます。
湯量、湯温とも良好です。

同湯に到着したのは15時28分、狙った訳ではないけれど、ちょうどオープン直前でした。
他にも閉店を惜しんで訪れた方々数組が待っておられました。
たいてい開店前には近所のお年寄り連が数人待っているというのが銭湯のいつもの光景なのですが、今回ばかりは遠来の客もかなりいらっしゃる。
また、新聞に紹介されたからか、近所の通り掛かりの人たちも携帯で写真撮影をしたりしておりました。
親子連れで入る前に入口で写真を撮りながら「お父さんが子供の頃から入ってたんだよ」なんて子供に話していたり。

開店直後、皆様が外観写真を撮られているうちに一番乗りで中に入って番台のご主人にお願いして浴室の中を撮らせてもらいました。

しばらくすると三々五々お客さんがやって来て結構いっぱいになりました。

上がって表に出て、夕涼みしながら外観を撮影していると、近所の方々もやって来ます。
たくさんの人が曳舟湯の最後を惜しんでおりました。

銭湯を巡っておりますと、こんな感じで閉店に立ち会ってしまう事も多々あります。
新しい街が出来るのは、きっと多くの人が望む事なのでしょう。
そんな陰で人々の昔の生活の一部、たとえば銭湯が消えてしまうのは仕方ない事なのかもしれません。
そんな銭湯ですが、古き良き生活の一部として、せめて記憶に留めておきたいと思っています。