今回のケースに限らず、被災地では放射能汚染被害の賠償についての係争が後を絶たないという

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今年3月、「いわきプレステージカントリー倶楽部」(福島県いわき市・休業中)の総支配人、合津純一郎氏(43歳)は東京電力の担当者から、「芝の張り替え費用として、13万円を支払う用意があります」と告げられた。

高濃度のセシウムに汚染され、荒れ放題となったゴルフ場内の芝はもはや復元不能で、全面張り替えするしかない。専門業者にその費用を聞くと、19億円という数字の入った見積書が返ってきた。ゴルフ場の芝面積は13万平方メートル。13万円だと、芝の張り替え費用は1平方メートル当たり1円の計算だ。合津氏が呆れる。

「福島市がセシウム汚染のひどい渡利地区の公園を除染したんです。そのときの公園内の芝の張り替え予算が1平方メートル当たり3000円。東電の提示額はその3000分の1にすぎません。東電は自社でゴルフ場も経営している。芝の張り替えにいくらかかるか、自社のゴルフ場に聞けばすぐにわかるはずなのに、いったい何を考えているのか」

その後、地元メディアがこのやりとりを聞きつけて報道すると、東電の対応は一変。

「報道直後、担当者から『計算違いの額を伝えてしまった』という連絡が入ったんです。1平方メートル当たり1円ではなく、1000円の間違いだったと。ちょっとニュースになっただけで、賠償額が一挙に1000倍になったというわけです。当事者間の交渉では常識外れの安い賠償額を提示しておいて、そのことが報道で明るみに出ると急に増額してくる。しかも、1000倍になったとしても1億3000万円。とても芝の張り替え費用には足りない。東電の誠意を疑います」(合津氏)

昨年10月、合津氏は原発ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)に和解の仲介を申し立てた。ただ、東電の対応はいつもおざなりで、まじめに賠償に応じる気配は見えなかった。合津氏が続ける。

「こちらはわらにでもすがる思いで、いわき市から東京都内のADRまで出かけている。もちろん、交通費も自腹です。なのに、東電は回答書面を毎回、調停当日に提出してくる。これではADRの弁護士さんは、その日初めてその書面を目にするわけで、仲介のやりようがない。交渉時間の大半は弁護士さんが東電の回答書面を読んで、その内容を検討することに費やされてしまうわけですから」

3度目の調停を終えた4月19日、合津氏はADRへの和解申し立てを取り下げた。

「何度交渉しても時間のムダと悟ったんです。これまで東電から受け取った仮払金は250万円だけ。営業再開を信じて待っている従業員の生活もある。営業損害や清掃費用など、東電が認めている賠償金をまずは受け取り、残りの除染費用や芝張り替え費用などの賠償は裁判で争うことにしました」

だが、ゴルフ場側が勝てる保証はない。昨年10月、やはり放射能汚染で休業中の「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部」(福島県二本松市)が東電に除染費用などを求めた裁判で、東京地裁は「原発から出た放射性物質は無主物で、東電の所有物でない。したがって賠償の責任はない」という東電の主張を認め、ゴルフ場の訴えを退けている。同じ理屈が採用されると、勝訴はおぼつかない。

「正直、裁判がどうなるか、予測はつきません。でも、こうなったら、もう法廷で争うしかない。そう覚悟しています」(合津氏)

あまりにも非常識な主張と対応を繰り返す東京電力。そこには、放射能汚染の被害者に対する誠意はまるで見えない。

(取材・文/姜 誠、撮影/井上賀津也)

■週刊プレイボーイ36号「怒りの告発! 東京電力、誠意なき損害賠償交渉の実態!!」より