あなたが何かしらの「不安」を抱えた時、人に打ち明けて不安を軽減させますか、それとも、自らその不安を排除しますか。工学博士であり小説家でもある森博嗣氏は後者のタイプ。

 「原発が不安」、あちこちで聞こえてくる声です。森氏は、そんな声にある時、「それで、どうしているんですか?」と聞いたことがあるそうです。しかし、返ってくるのは、「いや、べつに、できることはありません。しかたないですね」といった言葉ばかり。

 20年以上も前から原発に不安を覚えていた森氏。それもそのはずで、原発から100キロの地域に住んでいた頃があったのです。当時は、自ら地下に核シェルタを用意し、手動の空気清浄機を揃えて準備していました。そして、次の引越し時には、原発の心配がない場所を選びました。当時、森氏に原発の怖さを教える人はいませんでしたし、もしもの時にどうするかなんて誰も考えていなかったのではないでしょうか。森氏は、誰かに不安を打ち上げるのではなく、自分で考え、自分で行動し、今があるのです。

 しかし、今回の原発事故の後、「不安だ」「不安だ」という言葉が、多方面から聞こえるようになりました。これについて森氏は、少々納得がいっていないようです。

 「事故が一度起これば、これまでよりも、原発は安全になる。チェックも厳しくなるし、施設も見直される。だから、今は、これまでよりも安全なのだ」

 確かに、原発事故があった今、その動向は常に厳しく監視されています。慎重にことを進めるため、事故前よりも安全といえるのかもしれません。

 原発事故よりも、交通事故の方がまだまだ死者が多いのが現状です。それなのに、簡単に不安を口にする人が目立ってきています。

 「みんなは、今まで知らん顔していたのに、今度は心配している。もう少しよく心配の対象を見つめてはどうだろうか、と僕は思う。でも、『知らなかったのだからしかたがない』とみんなは言うのである。《略》自分の大事なことなのに、知らなかったで済ませるのか。そして、たまたま知ったことだけを『心配だ』と口にする。口にするだけで、やっぱり何もしないのか。『他力本願』を通り越して、なんだか『自分』がない人が多いように見える」

 これは、原発の近くに住む方々に言っているのではなく、それよりもずっと遠くに住んでいて、それこそ、安定した暮らしをしている人を指しているのではないでしょうか。生活者の声は国を動かす力があります。しかし、無責任な発言は、世の中の混乱を加速させるだけの時もあるのです。

 自分のなかにある不安は、語る前に自分の力で取り除くことが重要なのかもしれません。



『常識にとらわれない100の講義』
 著者:森 博嗣
 出版社:大和書房
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