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「使えない」部下の指導に悩むことは、マネジャーを経験した者なら一度は通る道だろう。チームの足を引っ張る「お荷物社員」戦力化のコツを心理学と行動科学マネジメントそれぞれの立場から解説する。

■「うまく叱れない」マネジャーの深き悩み

「どうやって“使える”部下に育てていけばいいかわからない」――。こんな悲鳴にも似た声が、あらゆる業界のマネジャー職から聞こえてくる。部下を指導、育成するには「褒めて伸ばす」「叱って伸ばす」、いわばアメとムチを巧みに使い分けるのが一般的だが、最近はムチの使い方に苦慮する上司が多いというのだ。

「部下に次のステージへ上がってもらいたいという思いから、厳しくとも励ましの意味でノルマを与えたつもりがプレッシャーになり、反対にモチベーションを下げてしまう結果になった」

こう話すのは、大手食品メーカー勤務の40代マネジャーの福本充氏。入社歴20年を超える彼は、これまで多くの部下を指導し、有能な営業パーソンに育て上げてきた。

福本氏が目標に届かない部下を指導する際のモットーは「感情的にならず、後でフォローを入れること」だという。

「自然体で臨むということでしょうか。人にはいろいろなタイプがありますから、それは尊重しつつ、目標に向かい同じベクトルにのるために、時には叱ることも必要だと考えています」

福本氏自身は団塊世代を上司に持ち、殴られ、時には靴や灰皿を投げつけられながら育ってきた経緯がある。ところがそういった激情に身を任せる上司を見ながらも「上司からの信頼や愛」を感じ取れたから、それを理不尽に感じることは少なかったという。

「かつて私が弱音を吐き現状から逃げようとしたとき、『そうするのも君の自由だが、次のステップは目指せない』と諭してくれた上司がいました。これは私に判断を委ねることで、プライドを傷つけないように配慮したうえの言葉だったのだと思います」

なかには考えを曲げず直情径行、意見すれば評価を下げるといった、支配型の上司もいたという。しかしながら、反面教師も含め数多くの上司から部下を育成することの意味を学んだ福本氏だからこそ、「傾聴してから諭す」いまのスタイルに辿り着いたともいえる。とはいえ、叱る技術については磨きをかけていく必要があると自戒する日々だそうだ。

■「腹割って話せぬ」年上部下に苦慮

大学を卒業後、インターンとして勤務していたITベンチャーに就職。エンジニアを経て現在は開発マネジャーに就く山中健二氏も、叱るのに四苦八苦すると苦笑いを浮かべる。

「私の会社は上司が『ああしろ、こうしろ』と事細かく言ってくるのではなく、やさしく諭すのが社風。ですから私も基本的に叱責するのではなく、『あなたならどう思う?』というように、部下に自ら考えるよう促していますが、まだまだです。私の言い方に問題もあるのでしょうが、反対に部下に食ってかかられて、たじろぐことも珍しくありません」

山中氏は現在、25名の部下を抱える身。女性はもちろん、年齢もさまざま。なかでも扱いに困っているのは、自分よりも年上の部下だ。

「部下とはいえ人生の先輩ですから敬語を使いますが、どうしても一歩踏み込んで叱れません。なかなか腹を割って話すことができないので、注意するにしてもためらってしまいます」

過去には、目標を見失いモチベーションが低下した部下に対し、叱ることも含めやる気を取り戻すようアプローチしたが、結局その部下は会社を辞めてしまったこともあったそうだ。「今後の方向性があまりにも違ったから仕方なかったのかもしれませんが……」と己を納得させつつも、部下の能力を引き出すには、叱ることも時には必要だと悟ったという。

ふたりのように、いまはマネジャーとして部下を叱咤激励する立場であっても、その手法を確立するのはまだまだ手探りといったところ。近年では一歩間違えると、パワハラやセクハラと受け止められることも珍しくない。それほど難しいというのが、実際のところだろう。

それでは、部下を育成するうえで効果的な叱り方とは、どういったアプローチを指すのか。ここでは、心理学および行動科学マネジメントの視点から、叱る技術について探ってみた。

そもそも「叱る」とは、どういった行為か。東京国際大学人間社会学部教授で組織行動の面から動機づけの効果を研究している角山剛氏は次のように定義する。

「広辞苑によると、叱るの意味は『(目下の者に対して)声をあらだてて相手の欠点をとがめる。とがめ戒める』とあります。さらにとがめるとは『取り立てて問いただす。責める。非難する』、戒めるとは『教えさとして、慎ませる。過ちのないように注意する』という意味。『叱る』は『怒る』と大差ないようにも見えますが、ここで大事なのは戒める行為で、これにより、職場における不必要な行動を抑えるというのが、叱ることの本当の意味ではないでしょうか」

心理学的なアプローチからも叱ることの意味を考えてみよう。前提として捉えなければいけないのは、「叱る=罰」だということ。叱られる側からすると、少なくとも報酬ではない。よって、仕事で失敗して叱責されると、それが嫌悪刺激となり、次回からは失敗が減る=望ましくない反応が抑制されるというのだ。

「ただし罰には問題点もあり、報酬(褒めるなど)と異なり知識を提供することはなく、あくまで『抑制』の効果しかないことです。過度な抑制は、さらに望ましくない反応を生む危険性もありますし、罰することで上司や会社を嫌ったり恐れたりさせることもあります」

人は叱られるより褒められるほうが嬉しいもの。褒めるという「快」の刺激は、さらなる快(充足感、達成感、報酬)を得るための行動を誘うが、叱られるという「不快」な刺激は、「叱られない程度にやっておけばいい」という、その刺激から回避できたところで行動を停止させてしまう可能性もあることを忘れてはならないというのだ。

「基本的なポイントは、『叱る=罰』に捉われないこと。『あのとき叱ってくれたおかげで成長できた』と、後から考えて『報酬』と部下が受け取れるように言葉や態度を選ぶことです。よって、叱る際は、感情的にならない、他者と比較しない、不公平にならないといった点を注意すべき。あまり追い詰めると『窮鼠猫をかむ』ではありませんが、思わぬ反発や攻撃――いわゆる逆ギレを誘う危険性もありますから、気をつけてください」

※すべて雑誌掲載当時

(大正谷成晴=文 梅原ひでひこ=撮影 AFLO=写真)