クラブ泉 ママ
高藤優子
1965年生まれ。23歳のときに千葉でホステスとして働き始める。子育てのため一時引退するが、32歳のときに六本木で復帰。銀座の他店を経て現在に至る。

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■出世する男は酒席でも本気で遊ぶ

日本で最も単価の高いクラブが軒を連ねる東京・銀座。最近では、「社用族」の姿はほとんど見られない。現在の優良顧客は会社オーナー、開業医や弁護士のような自営業、芸能人、そして不況とは無縁な代々続く資産家だという。クラブでは男性スタッフのことを「黒服」と呼ぶ。長年、銀座で働くある男性スタッフはこう話す。

「昔の会社経営者は銀座で取引先を接待するのが当たり前でしたが、リーマンショック以降は、不景気の影響もあり、接待を目的とした顧客は目に見えて減っています」

2人で10万円以上という会計を笑顔で支払えるような人物は、すでに成功を収めているか、いま出世の階段を着実に上っているかのどちらかだろう。ただし、その中にも「濃淡」がある。成功者の地位を長く維持できるか、数年のうちに手放してしまうか。出世階段を上り詰めることができるか、途中で転落してしまうか――。そうした将来の姿は、酒の飲み方にも表れているようだ。

銀座七丁目に店を構える高級クラブ「泉(せん)」は、約60坪のフロア面積を持ち、銀座では数少ない「大箱」のひとつだ。毎晩、30人前後のホステスが待機している。料金は、セット料金が一人約4万円、ボトルは別途2万円から。一般の会社員には遠い世界だ。

同店の高藤優子ママは、20年という水商売歴の中で、出世していった男、消えていった男を数多く見てきた。

「出世したお客様には共通した3つの条件があります。私たちのような業種の者に対しても、真面目であること、誠実であること、律儀であること。人間の基本ができている人と言い換えられるかもしれません」

優子ママの「真面目」とは、どうやら「本気」と同義語のようだ。

「子供の頃は皆さん本気で遊んでたでしょ。あの集中力には凄いものがありますよね。出世されたお客様は酒席でも本気で遊んでいらっしゃいます」

「本気で遊ぶ」というと、札束をばら撒くような豪遊をイメージするが、そうではない。遊ぶときは「脳を切り替えて集中して遊ぶ。いい加減ではなく真面目に遊ぶ」。どんなときでも集中力を発揮できることが、まず第一の出世の条件というわけだ。

誠実さも大切だ。ホステスの前では傲慢な態度を取ったり、虚勢を張るお客もいるが、出世する男は一人の女性として誠実に接する。自分に自信があるから偉ぶる必要がないし、「今度クルマを買ってやる」などと果たす気のない約束をすることもない。

「相手によって誠実さを使い分けることなんてできないから、ホステスに対して誠実なお客様は、昼間の仕事相手に対しても誠実なのだと思います」

そして「律儀さ」とは、きっちりと約束を守れることを指す。

「ホステスに『誕生日に来店して』と頼まれたら、何が何でもお店に来るということではないんです。皆さんお忙しいので、仕事の都合で約束が守れないことはある。それは仕方ないことですが、その代わりに『その日は無理だけど、明日行くよ』ともう一度約束したら、それは守るということです」

この3つの条件を兼ね備えた人物は、往々にして周りからの信頼も厚い。

「人間性が素晴らしく人格のよいお客様には、周りに素晴らしいブレーンがいて一緒に飲んでいたりするもの。それがお仕事にも好影響を与えているのではないでしょうか」

一方で、優子ママは、「遊び方がいい加減な人は、仕事においてもいい加減なはず」とも指摘する。銀座のクラブは店と担当ホステスが許した顧客は「ツケ」で飲むことができる。だが、なかには売掛金をいつまでも精算せずに、知らんぷりを決め込んでいるようなお客もいる。金銭面でルーズな様子からは、いい加減な仕事ぶりが透けて見える。

内面的なものだけではなく、外面的なところに表れるものはないのだろうか。たとえば服装はどうか。社用族の多かった時代はスーツ姿が目立ったが、今は人それぞれ。IT系のような新興企業の経営者は、そもそもスーツで出社していないのでTシャツにジーンズのようなラフな格好で来店することも多い。もちろんTシャツ一枚にもお金がかかっているし、組み合わせのセンスもいい。ただし、たとえばラフな服装というのは出世の「結果」であって、「理由」ではなさそうだ。優子ママも、「服や時計には目立った共通条件はないですね」と話す。飲み方はどうか。何本も高価なボトルを開けるような派手で豪快な飲み方をする客は、出世していくのだろうか。

「何年にもわたって豪快に飲めるお客様は、長く成功が続いているということですから、やはりお仕事の分野でも、勝負運が強く、勘が鋭いのだと思います。逆に飲み方にシビアな方は、お仕事においてもシビアなのでしょう。ただ、どちらがいい悪いということではなくて、お仕事の性質によるのかもしれませんね」

会話の内容はどうか。以前は銀座のホステスの必読紙は日本経済新聞といわれていた。社用族が多かったこともあり、ホステスは経済情勢や経営環境、企業情報を頭に入れて接することが求められた。でも今は違う。

「食に関する話題が喜ばれます。ミシュランガイドに載った店の話などは、盛り上がります。お客様とホステスがどこの店がおいしいという情報交換をすることもよくあります。ゴルフとワインの話題は定番。政治や経済の話も悪くありませんが時期を選びますね」

■財布の紙幣の向きを常に揃えている男

持ち物に関しては、ある店の黒服がこんな話をしてくれた。

「iPhoneのようなスマートフォンを持つお客様が急に増えました。スマートフォンを必要とする仕事ぶりが、出世につながっているのかもしれませんよ」

また、ある中級店で働くホステスは、「皆さん高級財布を持っていて、しかも取り出したときの姿が美しい。領収書とポイントカードでパンパンなんてことはありませんよ」と教えてくれた。彼女によれば、「その中でも出世する男は財布の中が違う」。

「チェックのとき、現金払いのお客様が1万円札を10枚出したとするでしょ。普通はお札の向きがバラバラだから、私が向きを揃えて伝票に挟む。でも、あるお客様のときだけ揃えたことがない。財布に入っている状態でお金の向きが揃っているからです。お金の大切さを忘れないために揃えているそうです」

夜の世界は金銭感覚を麻痺させる。ある企業のオーナー経営者は、「クラブで何万円、何十万円と使っていると、そのうち、お金が無尽蔵に湧いてくるような錯覚に陥る」と話す。そのお客は紙幣の向きを揃えることで、錯覚から逃れているのだろう。

※すべて雑誌掲載当時

(ジャーナリスト 山本信幸=文 小原孝博=撮影)