「自己啓発書ガイド」の登場 -1-

■TOPIC-1 「極端な事例」から現代社会を読み解く

この連載のコンセプトは、「自己啓発書に映し出される『社会』を読み解く」です。ここでの「自己啓発書」とは、人の生き方や働き方、考え方、行動の仕方などを扱う書籍という、とても広い意味で用いています。では、このような自己啓発書に社会が映し出される、とはどういうことでしょうか。

私たちの多くは常日頃、自分はどう生きていくべきか、どう働いていくべきか、といったことを考え続けているわけではないと思います。常日頃どころか、お酒の席でもなかなか語られる話題ではないかもしれません。こういったことがらは概して、私たちの心の中で特に形をなすこともあまりなく、日々移ろっているものではないでしょうか。

それに対して、自己啓発書はこういったことがらを端的に扱い、私たちのあるべき生き方や働き方をはっきりと言明してくれるものです。社会学者の見田宗介さんはかつて『現代日本の精神構造』(弘文堂、1965、186-7p)のなかで、「平常な」事例においては曖昧なままに潜在したり、中途半端な表われ方をしたり、相殺されてしまう諸要因がより鮮明なかたちで、顕在化した状態で析出できるとして、「極端な」事例をとりあげることの有効性を指摘していました。この連載の目的もここにあります。

『現代日本の精神構造(新版)』
見田宗介著/弘文堂/1984年

つまり、私たちの日常生活のなかでは曖昧なままになっていることがら――どう生きるか、どう働くか等――が、端的に「結晶化」されているメディアとして自己啓発書を位置づけたうえで、その結晶がいかなる社会的背景のもとに生まれたのか、結晶のかたちはかつての社会とは異なるものなのか、結晶は現代社会の誰を魅了しているのか(いないのか)、といったことを考えていこうというわけです。

連載では毎月、自己啓発書に関して近年目につく動向を一つとりあげ、現状の説明、そこに至る系譜、考察という順に論を進めていきます。テーマの選定基準は、週ごとの細かい動向が分かる『週刊日販速報』(日本出版販売)を中心としたベストセラー動向を基本線とし、筆者が行ったビジネス書編集者や書店員へのヒアリングを補助線とします。

■3.11以後の変化を追う

もう一つ、連載でとりあげる各テーマは、主に(必ず、ではありません)2011年以後の出版傾向の観察にもとづくものです。私がここで連載をさせていただくことになったのは、この3月に『自己啓発の時代 「自己」の文化社会学的探究』(勁草書房、2012)という本を刊行して、それが『PRESIDENT Online』の編集者の目に止まったことによります。

『自己啓発の時代』
牧野智和著/勁草書房/2012年

同書は、自己啓発書や自己啓発に関連するメディアがどのような「自己」を求めているのか、その系譜と現状について社会学の立場から考えようとした本ですが、考察は2010年までのメディアを素材にしたものでした。しかし皆さんご存じの通り、2011年は日本に大きな変動が起こった一年でした。この変動を受けて、生き方論・働き方論の結晶物としての自己啓発書に何か変化が起こったのでしょうか、あるいは起こっていないのでしょうか。このことは私自身に残された課題となっています。そこでこの連載では、拙著で検討した2010年までの動向を踏まえつつ、2011年以後にどのような変化が起こり、そしてそこに今の世の中をどう読みこむことができるのか、考えていきたいと思います。

このような趣旨ですので、本連載では、どのような自己啓発書を読むべきだとか、今後のトレンドはこうだとか、これがデキる人の仕事の仕方だとかいうことがらは扱いません。また、この連載で扱う各テーマや、事例としてとりあげる書籍は、自己啓発書の送り手(著者、編集者から書店員まで)や熱心な読者からすれば、時に奇妙なチョイスだと思われるかもしれません。ですが、私は自己啓発書に「内側」から関わる人間ではなく、社会学という学問を学んできた人間として、その色眼鏡をもって「外側」から、自己啓発書に映し出された現代社会を読みこもうとしているわけです。そういう観点からのチョイスだということをご甘受いただければと思います。

そして本連載では、「この人の、この本がすごい!」というスタンスでは記述しません。むしろ、あるジャンルの自己啓発書において「有名な人が書こうが無名な人が書こうが、その内容が玉であろうが石であろうが、なぜか同じように言われていること、暗黙の前提とされていること」に注目し、そこから、自己啓発という営みが成り立っている社会的文脈を読み解こうというスタンスをとります。というように、本連載は色々と奇妙な趣をもつものだとご理解ください。

さて、前置きはこれくらいにしましょう。次週では初回のテーマについての現状と系譜をみていきたいと思います。

次週は《TOPIC-2 「自己啓発書ガイド」のガイド》です。

(牧野 智和=文)