テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より

NOVELIZE OR DIE 第十一回

ブボボボボボボボボボボボボボボボ…

車庫から響く改造車のマフラー音に、大泉逸郎は顔をしかめた。
「まったく、こんな時間に…」
ベッドサイドの置き時計は、深夜十二時を回ってる。
その隣りに飾られた幼い頃の孫の写真を見つめ、逸郎は深いため息をついた。

かつて日本中を熱狂させた大泉逸郎の名曲「孫」。
歌のモデルとなった孫は、すでに成人していた。

瞼を閉じるとあの頃の思い出がまざまざと蘇る。
サクランボ収穫中に届いた、妻からの知らせ。
急いで駆けつけた病院で、逸郎は初孫と対面した。
娘から渡された小さな命を、震える手で抱きしめた。
「…宝だ」
思わずそうつぶやいた。止めどない涙が頬を流れた。

「なんでこんなに可愛いのかよ…」
気がつけばそう口走ってしまうほど、逸郎は孫を溺愛した。
爺さんあんたにそっくりだよと、周囲の友人に言われるたび、
目尻は下がり、表情は自然とエビス顔となった。
そのエビス顔が戻るのに、丸一週間を要するほどだった。

初孫の誕生はそれまで平凡なサクランボ農家だった逸郎に、
湧き出る泉の如きインスピレーションを与えた。
どうにかこの想いを「作品」として残したい。
若かりし頃はアマチュア民謡歌手としてならした逸郎である。
その想いがオリジナル楽曲へと昇華するまで、時間は掛からなかった。

当初は知り合いに配布する程度に考えていた曲は、
そのストレートな想いが人々の胸を打ったのか、瞬く間に評判を呼び、
「孫」は異例の大ヒットを記録した。
時代の寵児となった逸郎はその年紅白に出場。莫大な印税が転がり込んだ。
ようやく伝い立ちをはじめた孫を、逸郎は万感の思いで抱き寄せた。
やはり孫は、宝物だった。

どこかで歯車が狂ってしまった…。
天井の暗がりを見つめながら、逸郎は思う。

孫はそれからもすくすくと成長し、誰からも可愛がられた。
名曲のモデルをひと目見ようと、遠方から訪れるファンもいた。
だがあまりに浸透してしまった彼の曲は、
次第に孫本人の人生に、悪しき影響を与えていった。
どこへ行こうと「あの孫」扱いされ、孫としての模範を強いられる。
思春期の孫にとって、それは居たたまれない境遇だっただろう。

決定的な亀裂が生じたのは、孫が高校生のときであった。
逸郎は次の新曲に「孫モノ」を考えていた。
そう有名ではないが逸郎の曲には「孫」以外にも「孫びいき」「孫も大きくなりました」という一連の孫シリーズがある。低迷を続けていた逸郎は久しぶりの「孫もの」で再起を狙うつもりであった。

曲の着想を得るべく、逸郎は留守中の孫の部屋に入った。
部屋を探すと年頃の男性だけあって、アダルトなDVDなどが数点見受けられた。
よく分からないままにパソコンを起動させると、いきなり猥褻な画像が現れる。
しかし逸郎はそれさえも成長の証しと微笑ましく感じ、こっそりと部屋を後にした。

帰宅した孫は烈火の如く怒った。
パソコンの使用履歴、DVDの位置から、孫は逸郎の侵入を敏感に感じ取っていた。
厳しく問い質された逸郎は、ついその理由を正直に喋ってしまった。
「いや、歌のヒントにと思ってな」

孫の怒りは頂点に達した。
自分のプライベートを歌にしようとした逸郎を痛烈に罵った。
「アンタの孫になんか生まれてこなければよかったんだ!」
その言葉はいまも逸郎の耳奥に、絶望的な響きとして残っている。

いつの間にか窓の外が白々と明けてきた。
深夜に家を出た孫は、とうとう帰って来なかった。
物思いに耽った逸郎にも、ようやく睡魔が襲ってきた。
次第に霞んでいく孫の写真を眺めながら、逸郎は眠りに堕ちた。


明くる日、遅く起きた逸郎は農園の除草をし、夕方には駅前の繁華街に出向いた。
レコード屋の主人と世間話をし、書店で時代小説を何冊か買った。
家に帰ると車庫には派手なピンク色に塗った、孫の改造車が止めてあった。
ようやく戻ったかと薄暗い廊下を渡り、リビングの扉を開けた。

パーン! パーン! パーン!

突然、鼓膜を破るような破裂音が響いた。
同時に暗かった部屋の明かりがまぶしく灯り、家族が一斉に微笑みかけた。
「お誕生日、おめでとう!」
娘の言葉でようやく我に返った。今日は自分の誕生日であった。

意外だったのは並んだ家族の中に、孫の姿があることだった。
ここ数ヶ月、孫とはろくな会話を交わしていない。
誕生日を祝ってもらえるなど、思ってもみなかった。

母である娘に脇を突かれ、孫が一歩進み出る。
なにか言いたそうだが、照れて言葉にならないようだ。
娘がやれやれといった調子で、助け船を出す。
「この子、おじいちゃんに聞いて欲しい歌があるんだって」

呆然と見守る逸郎の前で、孫が肩をすくめる。
その肩がリズムを刻み出す。マイクが口元に寄せられる。
孫がアカペラで、歌い出す。


HEY YO なんでこんなにやさしいのかYO
Gという名の 俺のグランパ
似ている容姿 それは遺伝子
ひとに言われて はじめて気づいた 
UPSIDE DOWNな IN MY MIND

HEY YO ガキの頃から憧れてたんだ YO
いまに掴むぜ でっかいDREAM
山形生まれ サクランボ育ち
知ってるやつは だいたい百姓
偉大なBLOOD KEEP IN MIND

HEY YO いつもは照れていえないYO
SHYなハートが 素直にソーリー
巡るダイアリー ときにはロンリー
気がつきゃ二十歳 孫な俺たち
盛大なTHANKS IN MY MIND


それは「孫」に対する見事なアンサーソングだった。
逸郎の目に、熱い涙が溢れた。
にじんだ視界の中で、巨漢を揺らすヒップホップ系の孫が、
逸郎には、やはり宝物に見えた。

大泉逸郎/ 孫 歌詞
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この記事の元ブログ: 「孫」をノベライズする