読まなければいけないメールに企画書、押し寄せる情報の洪水......。そんな毎日に疲れたなあと感じることはありませんか? 疲れた心に足りないのは、ビタミン剤ではなく、もしかしたら想像力を喚起する物語なのかもしれません。

 川上弘美さんの最新作『七夜物語』は、ページをめくるごとに、『不思議の国のアリス』などで感じた、子どものころのワクワク感をよみがえらせてくれるファンタジー小説です。朝日新聞連載時の酒井駒子さんの挿絵がそのまま収録されていて、酒井さんの絵があしらわれた美しい本の装丁にも、紙の本へのいとおしさが感じられます。

 物語は、小学4年のさよが、町の図書館で不思議な本と出合ったことから始まります。大ネズミが支配する台所、眠りを誘う洋館、鉛筆などの道具が命を持った教室など、さよは同級生の仄田君とともに、7つのパラレルワールドの試練をくぐり抜け、少しずつ成長していきます。

 例えば、二つ目の夜では、さよと仄田君の前に、懐かしさと癒しに満ちた古い洋館が現れます。現実世界では、クラスメートから浮いていると感じたり、両親が離婚したことに少し傷ついていたりしている二人。心地よい洋館のこたつにあたっていると、嫌なことを忘れて、このまま眠ってしまいたいという誘惑に引き込まれてしまいます。何度もうつらうつらしてしまう二人を奮い立たせたのは、「眠っていちゃ、つまらないよ」「大きくなってからも今の情けない自分でいいの」と、どこからか問いかける声でした。二人は「もっともっとやりたいことがある」と、現実世界へ帰るという強い意志をよみがえらせることができたのです。

 著者は新聞連載を終えたインタビューで、連載中に3.11を体験し、一時期、書こうという気持ちになれなかったと語っています。そんなとき、津波で父親が行方不明だという読者から、連載小説だけが生きる支えになっているという手紙をもらいました。その一通の手紙に、言葉の力、物語の力は、悲しみや絶望の中にいる人を支えることもできるのだと励まされたといいます。

 さよは『七夜物語』という一冊の本との出合いから、胸躍る冒険心と、癒し、さらに前進する力を得ました。同じことが、この本との出合いで追体験できるかもしれませんし、また別の物語が始まる予感も。物語が持つ無限の可能性を再認識する一冊です。



『七夜物語(上)』
 著者:川上弘美
 出版社:朝日新聞出版
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