ファミリーマート社長
上田準二
1946年生まれ。秋田県出身。70年山形大文理卒、伊藤忠商事入社。畜産部長、プリマハム取締役などを経て2000年ファミリーマート執行役員。02年3月から現職。

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■業界3位とは三流ということだ!

「ここに来て業績が回復し、社員の表情が見違えるように明るくなってきました。行動も自発的になり、生き生きとしている。その元気さが加盟店にも伝播して、今期の増収増益につながっているんですよ」

ファミリーマート社長の上田準二は、顔をほころばせながら、うれしそうに語りだした。同社の筆頭株主である伊藤忠商事から顧問という立場で送り込まれたのは2000年のことだ。おりしもコンビニ業界は、国内市場の成熟化とやむことのない出店ラッシュのなかで“大競争時代”に突入しようとしていた。

しかし、肝心のファミリーマートは、1998年度から既存店売上高が前年割れに陥ってしまう。そのまま手を拱こまぬいていれば、業界トップのセブン−イレブンやローソンとの差は広がるばかりだったに違いない。

業界3位といえば、確かにイメージはいい。が、上田は「それは三流ということだ!」と社員たちを叱咤した。上田から見れば、彼らは湯の温度がどんどん上がっているのに気づかないカエルだ。すぐにでも叩き起こしてやらなければ、ゆで上がってしまう。

「社内には倦怠感が漂っていました。せっかく時間とコストをかけて策定したとても立派な戦略・戦術はあるのに、社員に『戦闘力』が伴っていない。だから、経営計画も未達に終わり、いつまでも同じような目標を掲げることになってしまっていた。セブン−イレブンは『休まないウサギ』のようにどんどん先を突っ走るなか、これではまずいと変革を決意しました」

02年、改革断行のために社長就任を受けた上田が始めたのが「社長塾」にほかならない。全国を21に分けたディストリクト(地域ごとの管理部署)を対象に、みずからが現地に足を運んだ。その回数は、これまでに100回を超える。

朝一番の飛行機か新幹線で目的のエリアに向かう。上田は着くとまず、地域の加盟店を精力的に回る。売り場を覗き、成功例なら、そのポイントを確認し、その後の運営に生かす。また、沈滞した店の棚の様子もすばやく頭に入れるのだという。

昼食はディストリクトの管理職数人とテーブルを囲み、午後1時から5時半まで、幹部抜きの社長と社員によるダイレクトミーティングに突入していく。参加者は20人ほど。実は、この会合が「社長の顔が見えない」といわれていたファミリーマートの欠点を克服する仕かけになった。

■社員を気持ちよく気絶させよ

上田は「ここでは会議用資料はゼロ、そしてテーマも設定しません。仕事での悩み、上司や組織への不満、前向きな改善提案等々、何でもありです。ここでの内容は上司には伝わりませんから、面白い意見もばんばん出てくる。いいものは、直ちに社長決裁で具体化していくんです」と話す。

その好例が“フライドチキンの夜割”だ。若手のスーパーバイザーが「前年比10%増が目標になっていますが、私なら30〜40%伸ばせます」と切り出した。聞いてみると、加盟店では夜遅くなると、昼間より売れ行きが鈍るフライヤー(店内用揚げ物調理器)を、さっさと片付けてしまう。

そこで生じる機会損失は、塵が積もるように増え、売り上げ目標にも届かない。そこで彼は「本部負担による50円引きでの販売」を提案。しぶる本部の姿勢を横目に、1週間後にはポップも作られ、全店の売り上げ増に貢献した。「勝ち残る企業とは、ボトムアップとトップダウンが噛み合った会社だ」という上田の考えが結実したものとなった。

だが、すべての社員が積極的に発言・提案するわけではない。ダイレクトミーティングは、基本的に全員発言を義務づけているが、どうしても人前での話が苦手な社員もいる。まして社長の前ではなおさらだ。そんな人たちには、6時からの懇親会が待っている。そこでも上田は、もっぱら聞き役だ。

「アルコールの力を借りてもいいんですよ。酒が入って緊張の解けた社員の話にゆっくりと耳を傾けます。ところが、よくよく聞くと、仕事停滞の責任をよそに転嫁している場合もあります。『誰それが、自分の提案をいくら言っても実行に移してくれないんです』と訴える社員は多かった。そんなときは、『よくわかった。君の愚痴はきちんと聞いた。しかし、それは君が実行に移せばいいだけの話だろう』と一喝するわけです」

時には商社マン時代の体験も語る。20代の頃、上田の平均睡眠時間は3、4時間しかなかった。担当した食肉という業界の商談は深夜におよぶのがあたりまえ。しかも、全国を飛び回るため、土日は移動で潰れたという。

社員の提案が数字をともなって大成功をおさめたときは、大げさとも思えるぐらいに賛辞を送る。

「天井の低いところで、その社員を胴上げするんです。天井スレスレのところまで高く放り上げ、最後は地面に叩きつける。社員が気持ちよく気絶してくれたら最高でしょ(笑)」

最後の気絶のくだりは、上田のリップサービスだと、広報は訂正するが、上田のはっきりしたわかりやすい賛辞は、社員の努力すべき方向を明確にし、一つにまとめた。以前では、リーディングカンパニーのものまねにすぎなかったファミリーマートの陳列だが、いまでは他社が追随することも多くなったのだ、と上田は誇らしげに笑う。

覇気のない草食系社員をどう扱うかと問うと、「自分のモットーを伝える」という答えが返ってきた。手垢のついた言葉かもしれないが「元気、勇気、夢」である。そして「仕事が辛いときほど、寝る前に3回、朝起きたらまた3回、大声で唱えて出社しなさい。すると顔つきや姿勢が変わる。周囲の見る目も違ってくるよ」と激励するのだ。叱咤し、励ます。それが上田流のやり方だ。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(ジャーナリスト 岡村繁雄=文 岡本 凛=撮影)