日銀が2月14日に表明した量的緩和政策の中身は偽装だった。一般には、フランスでオランド大統領が就任し、ギリシャで反緊縮財政派が台頭したことでユーロ危機が再燃し、ユーロ安から円高圧力が高まったと思われているが、それ以前に市場が "緩和偽装" を見破ったことで、円高・株安状態に逆戻りしてしまっているのだ。


円高是正というトレンドの逆回転が始まったのは、欧州の選挙前だ。日銀の "緩和擬装" が市場に見破られたのだ。

日銀は2月14日に「消費者物価上昇率1%のメド」を打ち出した。マーケットでは、日銀がとうとう「インフレ目標」を設定し、デフレ脱却に向けてお札の発行を継続的に増やす「量的緩和」に踏み出すと評価した。そこで円が売られ、株が買われるようになった。

ところが、白川総裁の本音は違っていた。4月21日、ワシントンで、「膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えにしたがえば制御不能なインフレです」と言ってのけた。大々的なQE(量的緩和)政策の本家であるFRB(連邦準備制度理事会)のお膝元で、「量的緩和は危ない」と、バーナンキ議長を挑発したようなものである。議長はプリンストン大学経済学部長、FRB理事時代から日本のデフレを研究し、日銀の金融緩和政策が不十分だと、こっぴどく批判してきた。白川氏は日銀政策スタッフとして2001年3月から5年間の量的緩和に携わったものの、お札を刷るだけでは脱デフレには限界があるとの結論を出した。同じ学究派としての強烈なライバル意識もある。自身が総裁になると量的緩和とは別の「包括緩和」(内容は後述)を考案し、「日銀はFRBの先を行っている」と公言してきた。

バーナンキ議長は黙ってはいない。白川発言の4日後の記者会見で、「米国が日本のような状況(デフレ)に陥ることはない。金融危機後、米国はデフレ回避に向け大胆かつ予防的に政策対応を実施した」と量的緩和政策の成果を誇示した。

日銀流緩和の柱は、「資産買い入れ等基金」(以下、基金)である。この基金は、日銀が2010年10月5日に打ち出した「包括的金融緩和政策」の目玉で、日銀のバランスシートの「資産」の部に特別枠として設けた。

これは単純なことを複雑に見せかけてしまう日銀特有のテクニックで、要は日銀の貸し付けの担保と、買い入れる国債などの金融資産を選定して、基金という枠の中に分類するだけである。つまり、基金の総額を増やして緩和だと称するが、基金の枠外に分類される買い入れ資産や担保を減らして日銀資産の総額が増えるのを防ぐ。その結果、日銀資産総額と連動するマネタリーベース(日銀資金発行量)の増加も抑えられる。通常、量的緩和の国際標準になるのは、資産総額やマネタリーベースの顕著な継続的増額を指すのだから、市場は日銀が緩和にどこまで本気なのか疑問を抱くのは当たり前である。

下のグラフ(上段)が示すように、ドルやユーロに比べた円の供給量(=マネタリーベース)は極端に小さいままだ。このアンバランスが円相場に反映し、この5月中旬で円は対ユーロで46%、対ドルで33%の円高になっている。超円高はデフレを加速し、株価を押し下げ、半導体のエルピーダメモリの破綻や家電各社の苦境をもたらした。

下のグラフが示すように、基金は増やしても、資産総額の増加は抑える。現に4月末の基金の実績額を2010年10月に比べて28兆円増やしたが、基金以外の資産は8兆円減らした。基金の中身も水増しされている。実績48兆9000億円のうち、34兆6000億円は通常の担保貸し付けが占めている。それは短期的な資金で、日銀はいつでも市場から引き揚げられる。買い入れる長期国債も残存期間が1、2年だったのを3年以下に延ばしただけで、長期国債の買い切りとはいえない。

基金によるETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)の購入は、もとより金融緩和とは無縁で、むしろ日銀が直接市場介入して相場をつり上げる。中央銀行としては国際的にはタブーとされる操作である。株価やREITの価格を引き上げたいなら、日銀は資金を民間に流し込んで、民間が買うのが王道だ。日銀の誤った政策のためにデフレは収まらず、円高、株安が進む。そしてユーロ債務危機の "再燃" に追い打ちをかけられることになる。



田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員。

日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『世界はいつまでドルを支え続けるか』(扶桑社)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP研究所)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。

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この記事は「WEBネットマネー2012年8月号」に掲載されたものです。