穂村弘が語る「短歌の作り方」

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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第42回の今回は、新刊『世界中が夕焼け: 穂村弘の短歌の秘密』(新潮社/刊)を刊行した歌人の穂村弘さんと山田航さんです。
 本書は、現代短歌の第一人者である穂村さんの作品に気鋭の若手である山田さんが解説文を寄せ、それに対してさらに穂村さんがコメントを返すという一風変わった形式となっています。共著で本を出すにあたり、このような形をとった理由はなんだったのでしょうか。
 この本が生まれた背景や短歌の魅力とあわせて、お二人にお話を伺いました。今回は中編です。

■「短歌は一瞬一瞬を生きていることに対する感度が大事」(穂村)
―本書で取り上げられている穂村さんの短歌は、90年代のものから00年代の作品まで幅広く揃えられています。この選定はどのように行われたのでしょうか。

穂村「これは山田さんが選びました」

山田「選定にあたっては特に深い考えはなく、基本的には気に入っているものをピックアップしていきました。ただ、中には今まで誰も批評してこなかった歌とか、歌集に入っていない歌とか、そういったコンセプトで選んだものもあります」

―本書に掲載されている短歌の中で、山田さんが一番気に入っているものはどの作品でしょうか。

山田「どれも思い入れのある歌なんですが、初めて出会った穂村さんの歌であり、初めて能動的に読んだ歌ということで、“体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ”でしょうか。これは、どういう効果を狙ってこういう表現にしているんだろう、とか構造的なことを考えながら読みました」

―個人的に「風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり」という短歌が、すごく鮮烈でした。頭に「風の」をつけることでわざと定型を外しているのが印象的です。

山田「このやり方自体は結構あるものなんですけど、これをやるためには逆に五七五七七の定型の基礎をしっかり身につけていないといけません。デッサン力を身につけてから抽象画を描くのと同じで、リズムをしっかり消化したうえではみ出していくという意識が明確に見える歌ですね」

―お二人にお聞きしたいのですが、どういう時に短歌を詠みたくなりますか?

穂村「僕は昔から現実の複雑さに対応できないんですよね。現実全般に対して臨機応変に対応するなんて誰だって得意じゃないんだろうけど、僕はそれにしてもできないっていう感覚が強くあって、フィールドを限定したいんです。
ベンチプレスをすごくやっていた時期があって、それも筋トレ全般じゃなくベンチプレスだけ(笑) それだけに特化して毎日やっていて、風邪ひいて熱があってもやめられないんですよ。もう中毒ですよね。
そういう性質があるんですけど、それは広すぎる世界で臨機応変な対応ができないっていうことが基本になっています。フィールドを限定したいっていう欲求があるうえに、短歌は五七五七七っていう定型があって、小説や現代詩よりもさらに限定的なんですよ。僕の短歌の根本にはそういう生理があります」

山田「僕は何かに感動した時に作りたくなりますね。絵を見たり音楽を聴いたり。それと、ある単語を見て、その単語に感動して作ることも結構あります」

―短歌に馴染みのない私のような人間からすると、短歌の作り方とかどういうアイデアから生まれるのかなど、謎が多いです。

穂村「前に女優さんと対談した時に、短歌を作ってもらうというということをやって、最近何か楽しかったこととか奇麗だったものはありますか?って聞いたら、“旅行先でガラスのコップを買った”って言うので、その時の状況を話してもらったんです。それで、そのコップのどこが気に入って買ったのかと聞いたら、“そのコップにだけ気泡が入っていた”って言うんです。“それだ!”ってなりました。そういうことを書けばいいんです。仮に、赤が好きだから赤いグラスを買った、ということだと、“それだ!”とはならないんですよ。
それだと、たまたまその人は赤が好きなだけで、僕は緑が好きかもしれない。だから、好きな色のコップだから買ったというだけでは人の心を動かせないんです。でも、一つだけ気泡が入っていたということであれば、それは世界との出会いという意味で特別なことですよね。その女優さんがそこをすぐ答えたというのは感覚がいいんだと思います。
五七五七七がどうというより、そういう偶然性を愛するということや、一瞬一瞬を生きているということに対する感度が大事です」

山田「僕が短歌を作り始めた頃は、とにかくぶっ飛んだ言葉づかいをすればいいと思っていて、何の脈絡もない言葉をひたすら繋げていけばいいと思っていたんですけど、それではうまくいかず、イメージをしっかり形作ってから言葉を繋げていく方がうまくいくと思うようになりました。
あとは、歌の中に余白と言いますか、自分で全てを言い切らず、読んだ人が独自に解釈する余地を残しておくようにしています。あえて不完全なまま完成させることを意識しています」

第3回 「大昔の人ともリンクしている気分になれることも短歌の魅力」につづく