また、少年が死亡前に送った「もう俺死ぬわ」とのメールに対し、加害者少年らが「死ねばいい」と返信したことや、事故後に「死んでほしかったし、良かった」と漏らしていたことも判明した。だが、市教委は事故後3週間で調査を打ち切り、現場の教師でさえも、「(自殺に至る経緯に)いじめの認識はなかった」と言い張っていたのである。
 「同校の校長は、『生徒が自殺する5〜6日前から一部生徒に揉め事があって、担任からも喧嘩が起きていると報告があった』『この時点でいじめとは認識していなかった』と述べている。当時の担任は、いじめを見て見ぬふりをしていたばかりか、加害生徒に『やりすぎるなよ』と声をかけたとされ、抗議されている有様なんです」(地元紙記者)

 そんな学校側の鈍感ぶりに、少年の遺族は加害者とされる同級生らと大津市を相手取り、今年2月に約7720万円の損害賠償を求めて提訴。遺族がそれ以前に、3度にわたって滋賀県警に被害届を提出し、全て不受理となっていたことも発覚した。県警は、7月11日になってようやく学校や市教委に家宅捜索に入ったが、その対応は誰の目にもあまりに遅すぎるものだった。
 もっとも、行政や警察の対応がすべからく後手に回ったのは、このほかにも理由がある。
 当初、少年は加害者グループと遊び仲間だったという。生徒の間からは「初めは、かまってもらって喜んでいるようにも見えた」(同級生)との声も上がっているが、少年が死亡するとこれが一変。学校内部の力関係が事件を隠ぺいに向かわせたようなのだ。
 その最たるものが、加害者側の反応だった。実は3人の中のリーダー格であるAの母親は、事件当時にPTA会長を務めており、地元に多大な影響力を持っていた。そのため、学校側はアンケート結果の公開を見合わせたと見られるのだ。

 同校の父兄がこう明かす。
 「Aの母親は、事件直後に学校で開かれた緊急説明会で『うちの子は犯人扱いされて学校に行けなくなった。もし、自殺したら(犯人扱いした)保護者や先生の責任ですからね』と、喚いていました。あまりの勢いに先生方も押し切られ、言葉がなかったほどなのです」

 また、前出の地元紙記者もこう話す。
 「アンケートの結果発表があんな形になったのも、あの母親を刺激したくないと先生たちが変に慎重になったから、という見方もある。もともと大津市教委は、古くから我関せずの体質で、それが事件で一気に噴き出した形なのです」

 そのため、加熱する報道に慌てた大津市は、13日に冒頭でも記した「教育厚生常任委員会」で緊急報告を行ったが、その内容は報告というよりも教育委員会と学校の自己弁護に終始するありえないものだった。