為末大著『走る哲学』

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トラック競技における日本人初のプロ陸上選手となった、400mハードルの為末大(ためすえ・だい)氏。シドニー、アテネ、北京のオリンピックに出場し、世界選手権では銅メダルを獲得した。

為末氏のツイッターアカウント(@daijapan)には10万人以上のフォロワーがおり、陸上競技にとどまらない内省的なつぶやきには高い人気がある。その関心は社会問題やコミュニケーション論に及び、マネジメントや仕事術にも通ずる内容もある。これをまとめなおしたのが本書だ。

自分が何に生まれついたか、忘れていないか

――大学時代、日本記録保持者の伊東浩司さんの走りを私は真似た。身体を大きく折り畳み足を前に返すようにして走った。動きは段々似ていったが成績は伸びなかった。

ビデオで見れば動きは似ていたが、身体の内ではどこにどう力を入れていいのか全くわかっていなかった。

実家で自分の中学時代の走りを見た。私の走りは私ではない何かになっていた。それから数年かけて私は私の走りを掴んでいった。

人は優れたものに出会うとそこに何か秘密があるかもしれないと思い真似る。努力は誰かになる事に向けられていく。しかし自分は他人とは違う。

次のチャンピオンは今、主流の二番手ではなく、傍流の一番手である事が多い。成功者のやっている事は通常よりかなり輝いて見える。自分はいったい何者なのか。何に自分は支えられているのか。これらから始まらない戦略はいけばいくほどずれる。

カール・ルイスが現れた時、カール・ルイスの真似をして短距離選手の記録が低迷した事がある。おそらくこれからスティーブ・ジョブズの真似をして多くの若者が伸び止まるんじゃないか。説明できたり、目に見えるものは本質ではないことが多い。

馬が枯れ草を食べている。自分も馬みたいになりたいと狼が草を食べる。狼は自分が何に生まれついたかを忘れている。馬は馬をきわめたから輝いた――

(為末大著『走る哲学』光文社新書、扶桑社新書、194〜195頁より)


(会社ウォッチ編集部のひとこと)

為末氏は「すごいと言われたい症候群も、がっかりされたくない症候群も、ばかにされたくない症候群も」、他人にコントロールされた人生なので、誰かに期待されていたら早めにがっかりさせておき、自分の好きなことに従ったほうがよいという。そのほうが結果的に他人から評価されることに近くなる。

また本書の対談のなかで、「アメリカより断然日本のツイッターのほうが面白い」と評している。アメリカでは、有名人がニュースを流してそれをみんなが拾うパターンと、個人が身辺雑記をポストしあっているパターンに二分される。しかし日本では、有名人に絡みつく人たちと、それに激昂する有名人が見られるところが独特という。為末氏もツイッターで罵られることがあるが、それに対する耐性をつけるのがプロとして世の中に知られる最初の壁と考え、いまでは冷静に向き合えるようになったそうだ。