テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より

NOVELIZE OR DIE 第九回

「戦車が怖くて赤いきつねが食えるか!」とタケダテツヤは言った。そのCMを僕はずいぶん前にYouTubeで観た。でもいまYouTubeを検索してもその動画はない。削除されたのかもしれないし、ひょとしたらテレビで流れてた懐かしのCMをYouTubeで観たと思い込んでいただけかもしれない。どうでもいいけど最近のテレビはやたらと懐かしのアイドルや往年の人気番組を振り返ってばかりで全然面白くないというか、キモい。おそらくは局側がテレビを観ない僕たちの世代より貪るようにテレビばかり観ていたおじさんおばさん世代にターゲットを絞っているからこんな安上がりな企画ばかりになってしまうのだと思う。でもそれで僕たちのテレビ離れはますます進むし先細りしたメディアに未来はない。いい歳したおじさんやおばさんが昔のアイドルに萌えてる姿はとてもキモイ。そんなVTRを紹介するタレントがいつも決まってクリス松村だということも合わせて、キモイ。



赤いきつねがインスタントのカップうどんだということはもちろん知っているけれど「戦車が怖くて赤いきつねが食えるか!」という言葉の意味は分からない。なぜタケダテツヤはそれしきのことでムキになるのだろう。たかがカップ麺じゃないか、普通に食べればいいじゃないか。それとも赤いきつねを食べるには戦車を怖れないほどの勇気と覚悟が必要なのだろうか。CMの中でタケダテツヤは兵士姿で砲弾が乱れ飛ぶ戦場にいる。そもそもそんな危険な戦場でカップうどんを食べる必要はないと思うのだけれど、もしかしたらそんな極限状態で食べなければならない赤いきつねには、精神を麻痺させる特殊な効果があるのかもしれない。第二次世界大戦の終局で敵機に突っ込んだ特攻隊員には軍からヒロポンが支給されていたという。ヒロポンとは覚醒剤のことでいまでは違法薬物となっているドラッグが、このときは戦意高揚の特効薬として使われていたのだ。ということは赤いきつねにもそれに似た成分が含まれているのだろうか。追い詰められた兵士たちは赤いきつねを食べることで恐怖を忘れ精神を奮い立たせ玉砕覚悟で敵軍に飛び込んでいったのだろうか。赤いきつねを食べること、それは追い詰められた兵士に残された最期の選択だったのかもしれない。でもそんな危険な食べ物がコンビニで簡単に買えていいのだろうか。



コンビニにはカップ麺が溢れている。赤いきつねの横には緑のたぬきがありその隣りにはどん兵衛がありエースコックのわんたんめんがありスーパー豚キムチがあり焼きそばUFOがありペヤングがありカップヌードルがあり有名ラーメン店とコラボしたコンビニ限定品がある。それらはすべて戦場における非常食で赤いきつねを手に取った瞬間僕は最前線の兵士になった。午前一時を回った現在このコンビニには僕を除いて五人の兵士がいる。ひとりは泥のついたゴム長を履いた作業員風の老兵で酒のつまみを選んでいる。ふたり目はバミューダパンツとTシャツを着た三十後半の兵士で雑誌コーナーで少年チャンピオンを読んでいる。茶髪のカップル兵がいて飲み物の棚の前でクスクス笑っている。残りのひとりはやけに背の高いロングヘアーの女兵士だ。兵士たちは皆平静を装っているけれどその胸中では虎視眈々と相手の出方を伺っている。現代の戦争に味方はいない。誰もが孤独な戦士としてこの日常という戦場で生き残りを掛けた壮絶なサバイバルを繰り広げているのだ。その証拠に酒のつまみを選んでいる老兵は酢漬けイカに手を伸ばしながら片手には森永カフェラテエスプレッソを持っている。どこの世界に酢漬けイカをつまみにエスプレッソを飲む人間がいるだろうか。おそらくいつはじまるか分からない戦闘に気を取られ初歩的な偽装ミスを犯したのだろう。三十後半の兵士が少年チャンピオンを本棚に戻し成人雑誌の人妻の表紙をしげしげと眺めた後その隣りのムック本コーナーに移動する。手に取ったのは芸能暴露本でまず戦闘を有利に進めるための情報収集とみて間違いない。少年チャンピオンを読んでいたのも刃牙で接近戦のシミュレーションをしていたのかもしれない。茶髪のカップルは高度な暗号を駆使した作戦会議に余念がない。「てかノンアルなくね?」「ピコんない」「じゃなにピコるよ?」「逆にマッコリ?」「グンソク〜ww」背の高い女兵士の顔が商品棚の向こうからぬっと現れる。それはまさに地獄の黙示録で川の中から現れるウィラード大尉そのもので一瞬目が合った途端僕は大声で叫びそうになった。女兵士はイヤホンをしていて音楽を聴くふりをしながら無線を傍受していた。蛍光灯が眩しい。緊張の密度がますます濃くなる。店内にいる誰もが一触即発の気配を感じながらも酒のつまみを選ぶふりをしたり暴露本を読むふりをしたり雑談のふりをしたり音楽を聴いているふりをしている。僕の手の平は極度の緊張でびっしょりと濡れている。赤いきつねの包装セロファンが汗で滑り危うく落としそうになる。そのとき突然背後から自動ドアの電子音が鳴り響き屈強な体躯の黒人兵が鬼の形相で店内に駆け込んできた。張り詰めた緊張が一気に断ち切れた。



「オシッコカシテクダサーイ!」とその黒人兵は言った。そしてレジの店員が指し示す白い扉の奥に駆け込んだ。店内の緊張は一気にゆるみ酒のつまみを選んでいた老兵は酒のつまみを選ぶただの老人に戻り暴露本を読むふりをしていた三十後半の兵士はただの中年に戻り暗号で作戦会議をしていたカップル兵はただのバカップルに戻りウィラード大尉を思わせた女兵士はただのぬぼーっとした大女に戻り戦場はただのコンビニに戻った。僕は赤いきつねをレジに持って行きお金を支払い袋に入れようとする店員に「袋いりません」と断りコンビニを出て店の前の深夜だけ押しボタン式になる信号のボタンを押した。ボタンは押してもすぐ青になるわけではなくしばらくは赤信号を待たなければいけない。深夜の道路に車の行き来はない。僕はまだ信号が変わらないうちに幅5メートルほどのその道路を渡った。車が怖くて赤い信号が渡れるか。

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この記事の元ブログ: 「赤いきつね」をノベライズする