テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より

NOVELIZE OR DIE 第十回

ある朝、目を覚ました赤井英和は、自分の体が巨大化していることに気付いた。

いつものように布団から起きたつもりが、体は両隣の建物に挟まれていた。
自宅はすでに倒壊したのだろう。尻の下には瓦礫の感触がある。
赤井は咄嗟に家族の安否を気遣ったが、幸いにも無事避難したようで、それらしき人影は見当たらなかった。

赤井は立ち上がった。
街中に巨大なパジャマ姿がそそり立った。(パジャマも同じく巨大化したらしい)
梅雨開けの青空のもと、眼下には陽光を照り返す街の風景が見下ろせた。
しかしこれほどの異変が起こっているというのに、救急車のサイレンも聞こえなければ、報道ヘリの気配もなく、一帯はいつも通りの平穏さを保っていた。

「赤井さーーーーん!」
不意に足下から男の声が届いた。
視線を下に向けると隣りのマンションのベランダに、若い男女の姿があった。
「どうしてそんなに大きくなっちゃったんですかー?」
男が訊いた。

「なんでやろな?」
赤井は思案した。
なぜ、自分の体に突然このような異変が起こったのか?
昨夜は昔からの友人たちと飲み歩き、自宅に戻ったのは十二時過ぎ、多少酔ってはいたがたしかな記憶があった。行動としてもそれは週に数回はあることで、さして珍しいことでもない。赤井に思い当たる節はまったくなかった。

「真面目にやってきたからよね?」
男の隣りにいた女が言った。
(真面目に…?)
赤井は戸惑った。
なぜ、真面目な人間がこんな理不尽な目に遭わなくてはならないのだろうか。これが真面目な行いに対する褒美と言えるのか。むしろこれは不真面目な人間に対する天罰ではなかろうか。それともこの女は嫌味を言っているのだろうか。天罰を下された俺への、皮肉を込めた追い打ちだろうか。

赤井はこれまでの己を振り返った。

幼い頃の赤井は真面目とはほど遠い少年であった。その喧嘩の強さと気性の荒さは大阪中に響き渡り多くの伝説を残した。不良達は彼の名を聞くだけで震え上がった。
その勢いは止まることを知らず、高校から始めたボクシングでは数々のタイトルを獲得。大学ではオリンピック候補にまでなったが、東西冷戦によるボイコットでそれが不可能となると、早速プロデビューの話が持ち上がった。

赤井の快進撃はさらに続いた。デビュー以来12戦連続KO勝ちを収め「浪速のロッキー」と呼ばれた彼の前に敵はなかった。だがそこに、奢りがでた。
はじめての世界タイトル戦で予想外の敗北を喫し、その後再起を掛けた前哨戦ではまさかの伏兵相手に生死の境をさまよう大怪我を負った。赤井は引退を余儀なくされた。

だが彼はここで終わらなかった。現役時代の特異なキャラクターと人気に目をつけた映画監督により、赤井は映画の主演に抜擢された。彼自身の自伝的要素を含むその映画は大ヒットを記録。彼は主戦場をリングから芸能界に変え、見事なカムバックを果たした。

その後も着実にキャリアを積み、いまでは芸能界に確固たる地位を築いている。
生来の豪気さで酒席でのエピソードは事欠かないものの、彼は自らを律し家族にも周囲にも等しく愛情を注いできたつもりであった。事実、情に厚い彼を慕い集まる仲間は多い。



赤井には分からなかった。どうしても解せなかった。

たしかに俺はやんちゃな人生を送ってきた。
でもそれは一本気な性格がなせるわざで、決して弱い者いじめや卑劣な行いはしてこなかったはずだ。こんな俺が罰せられるなら、他にも悪人はごまんといるだろう。

「…なんでやろな?」
赤井はもう一度、声に出してつぶやいた。
だがその声には、苦味の籠もった苛立ちがにじんでいた。
納得しかねる思いが、煮えたぎる怒りとなってこみ上げてくる。
行き場のない怒りの矛先は、足下の男女に向けられた。
能天気な男と、皮肉を放った女に一言もの申してやろうと、ふたりを睨みつけた。

しかしその直後、赤井は息を呑んだ。
そこにいたのは、彼の年老いた両親だった。
皺だらけの顔から、慈しむような憐れむような眼差しが、彼をじっと見上げていた。

赤井はすべてを理解した。

俺はまだまだ不真面目だった。
思えばプロボクサー、芸能人と俺は華々しい道だけを選んできた。そこにはどこか地道に働く親への反発があったのかも知れぬ。そんな心持ちでやってきたことが、果たして真に真面目だったと言えるのか。俺はただ周りからの羨望が欲しくて、虚勢を張ってきたに過ぎないのだ!

本当に真面目にやってきたのは、いま目の前にいる父と母ではないか。あんなにやんちゃだった俺が、なんとか道を逸れずに生きて来られたのも、常にひたむきだった、真面目な両親の背中を見て育ったからではないか!

…先ほどの男女は、両親の若かりし頃の姿だったのだろう。
彼女の言った「真面目にやってきたからよね?」という言葉は決して皮肉ではない。
俺の慢心を諭し、自戒させるための、偉大な母の愛情だったのだ…。



気がつくと赤井は自宅の寝室にいた。
いまだ止まらぬ熱い涙が、枕を濡らしていた。
隣には朝日を浴びた妻の寝顔があった。
赤井はその日、芸能界引退を表明した。

現在、赤井は引越作業員として汗を流している。
親からもらった、その恵まれた体に感謝して…。
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この記事の元ブログ: 「アリさんマークの引越社」をノベライズする